『紀伊続風土記』に、「大谷村 二川村の乾(北西)十三町にあり(中略)小名大月谷あり石垣荘小原村の堺なり 村の中細谷川流れて川下に高さ八間許の瀧あり 此瀧壺甚深かりしに明和四年の洪水に巖崩れて瀧壺を埋つみ人畜死すものありといふ」と記される。
 『県災害史』によると、宝暦四(1754)年から明和四(1767)年にかけて、紀州は6度の大洪水と台風に遭った。

 東大谷八幡神社の立派な社殿の裏に、滝はひっそりと流れている。滝壺は今も大小多くの石に覆われており、近くに、鎌倉期の宝篋(きょう)印塔、経巻や鏡が出土した県指定史跡の東大谷経塚遺跡がある。ここは鎌倉時代から信仰の場であったことは間違いなく、その対象はもちろん滝だ。

経路=県道18号境川金屋線沿いの東大谷八幡神社近く

(ニュース和歌山/2018年10月27日更新)

大上敬史さん作製「和歌山県の滝」で、県内の滝が紹介されています。