開始から2ヵ月、人気コーナーとして定着してきた「和歌山謎解き代行社」。今回はI・Kさんの「海南市黒江に『城山トンネル』がありますが、この山にはお城が存在したのでしょうか?」を調査しました。

 黒江と日方を結ぶ城山トンネル。確かに〝城〟が入っているのは気になります。海南市語り部の会の柴田雄蔵会長に聞くと、「南北朝時代に大野城の支城があったと『海南市史』にあります」とのことで…。

 


 

南北朝時代、支城が築かれていた

海南市黒江に『城山トンネル』がありますが、この山にはお城が存在したのでしょうか?」。海南市語り部の会の柴田雄蔵会長が『海南市史』を参考に教えてくれました。

 14世紀の南北朝時代、藤白山に大野城が設けられました。その後、1378年、足利義満から守護に命じられた山名義理(よしまさ)がこの大野城を拠点としました。その後、一転、山陰地方を中心に勢力を拡大する山名氏を脅威に感じ、義満は山名氏と争うことに。

 その際、義理は大野城を守るため、4つの支城を約3㌔北にある山に造りました。このうちの1つ、池崎城が今、城山トンネルのある池崎山に築かれました。柴田会長は「城と言っても天守閣がある訳でなく、囲いのあるとりでのような場所だったと思います」。

 現在、池崎山の上は津波避難場所となり、山の上に続く階段が整備されています。かつて城を守るのを目的に支城が築かれた山は今、津波に襲われた際、住民の命を守る大切な場所になっています。

(ニュース和歌山/2019年6月8日更新)