2011年に始まったこの連載も5年目。突然ですが、2年目と4年目を担当させていただいた私、阿部巧也は、昨シーズンをもっての現役引退を決断しました。

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 思い返せば高校を卒業し、モンテディオ山形(J2)、京都バンブ(JFL=日本フットボールリーグ)、アルテ高崎(同)、沖縄かりゆし(九州リーグ)、そしてアルテリーヴォ和歌山と5チームでプレーしました。チームが変わるたびに、その土地でたくさんの方々に支えていただきました。

 中でも僕のサッカー人生をより素晴らしいものにしてくれたのは和歌山でした。息子が生まれ、一度はあきらめかけたサッカーの道をもう一度与えてくれました。

 県リーグ時代、雨の後の田んぼのような河川敷のグラウンドで試合をしたこと、4試合中3試合がPKにもつれる厳しい戦いを制して関西リーグに昇格したこと、10人になりながらも執念の同点ゴールで関西2部から1部への昇格を決めたこと、チーム発足8年目の昨年、紀三井寺公園陸上競技場に1500人を超える方が見に来てくださったこと…。アルテリーヴォの6年間は僕のサッカー人生の中で最も輝く宝物になりました。

 引退は寂しくもありますが、こんなに幸せなサッカー人生を送らせてもらえた僕に悔いは…1つだけ。それはアルテリーヴォをJFLに上げられなかったことです。今後は選手としてではなく、アルテリーヴォジュニアユース(中学生年代のチーム)の監督として、クラブを全力でサポートしたいと思います。指導者としての目標は、Jリーガーなどプロで活躍する選手を育てること。教え子が輝くそのチームが、Jリーグに昇格したアルテリーヴォなら最高です。

 最後になりましたが、僕の選手人生を支えてくださった全ての皆様、本当にありがとうございました。そしてこれからも僕を支えてくれた和歌山に恩返しできるよう頑張ります!(第1土曜掲載)

写真=指導者として歩み始める筆者 (前列左から2人目)

(ニュース和歌山2015年2月7日号掲載)