玄界灘に咲
いた梅の花
日韓友好のミュージカル
紀州藩の儒学者 李父子描く
W杯に合わせ両国で上演
      
李眞栄、梅渓の墓碑
海善寺に建つ李眞栄、梅渓の墓碑
 日韓共催のサッカー・ワールドカップを前に両国の交流が広がりをみせるなか、日韓友好のミュージカルが6月、和歌山市で上演される。江戸時代初期、紀州藩で活躍した韓国の儒学者、李眞栄と梅渓父子の生涯を描いた「玄界灘に咲いた梅の花」。和歌山で父子の功績をしのぶ「李眞栄・梅渓顕彰会」(会長・田村歓弘海善寺住職)と、韓国の大韓伝統芸術保存会(梁明煥=ヤン・ミョンファン=会長)が準備を進めている。関係者は「近くて遠いといわれる両国民の感情をよりよく改善できる機会になる」と期待を寄せている。
 ミュージカルには、大韓伝統芸術保存会のメンバー80人と、劇団四季の20人が出演する予定。5月中に韓国3都市を回ったあと来日、東京の東京芸術劇場での公演を経て、6月27日(木)、和歌山市民会館大ホールで上演する。ニュース和歌山ほか後援。
 李眞栄は豊臣秀吉の朝鮮出兵で捕虜となり、日本に連行された。各地を転々としたあと、和歌山城下の海善寺(和歌山市道場町)に落ち着いた。儒教を教える私塾を開いたところ、紀州初代藩主の徳川頼宣に認められ、侍講として迎えられた。有田の武家の娘と結婚、生まれた息子の梅渓は2代藩主の光貞に儒学を教授。また、頼宣が創案した「父母への孝行」「正直を旨とせよ」などの規範を『父母状』にしたためた。
 眞栄、梅渓をまつる墓碑は今も海善寺にあり、梅渓の記した文字が紀三井寺や友ヶ島などに残っている。父子の功績をしのぼうと、墓碑を守る海善寺住職の田村さんら有志が「李眞栄・梅渓顕彰会」をつくり、法要を開いたり、顕彰碑を建てるなどの活動をしている。
 韓国でも近年、李父子の業績が評価されるようになり、李父子の子孫で、韓国の内務省長官を務めた李相煕(イ・サンヒ)さんが1997年、2人の生涯をまとめた『波臣の涙』を出版。執筆に当たり、長年李父子の研究をしてきた郷土史家で顕彰会の平岡繁一さんが、和歌山を訪問した李さんを案内したり、資料を提供するなど協力した。
 この原作に目をとめた大韓伝統芸術保存会の梁会長が日韓友好につなげたいとミュージカル化を決心。昨年夏に、平岡さんのもとに協力依頼の電話が入り、顕彰会が和歌山での公演の下準備に取り組むことになった。また、舞台背景などの参考資料の提供や、日本語版の台本で日本語の言い回しや歴史的な考証の見直し作業も行った。
 ミュージカルは16章で構成し、若き日の眞栄が故郷で儒学者を目指して勉強していたところから、紀州藩との交流の中で過ごした父子の生涯を描く。頼宣から臣下になるよう勧められた眞栄が「二君に仕えることはできない」と断ったことや、故郷の両親を思い、一度は船に乗り込み帰国しようとしたものの妻子と別れきれず船を下りた姿など、国を越えた情愛が盛り込まれている。
 公演前日の6月26日(水)には、海善寺や和歌山城で歌や舞踊による鎮魂祭を催す予定。また、当日は公演にあわせ、日韓両国の子どもたちによる児童画と書の交流作品展を企画している。
 田村会長は「和歌山から日韓交流の橋を架けられることがうれしい」。平岡さんは「父母状は庶民の家で張られていたといわれるほど紀州に浸透しており、県民性に与えた影響は大きい。近くて遠いといわれる日韓関係だが、ミュージカルが“近くて近い”関係になるいいきっかけになるのでは」と話している。