62年ぶりに母校跡集合
内町東小の同窓生16人
 戦前、和歌山市南桶屋町にあった内町東小学校の同窓生16人が5月8日、同小が存在した現在の本町公園に集合し、当時に思いをはせた。1940年(昭和15年)に卒業した人たちで、86年から1、2年に1度同窓会を開いてきたが、今回で10回目になることから幹事の小川英夫さんが発案し、62年ぶりに母校跡に集った。
 内町東小は和歌山市中心部の本町地区にあったが、45年の和歌山空襲で全焼。戦後、隣接地に本町内町東小の同窓生小学校が新たに建設されたため、内町東の名前は消滅した。また、同窓生の家屋もすべて焼失し、同じ場所に再建された家は数えるほどで同窓生は散り散りになっていた。
 同窓会はこれまでも随時開いていたが、小学校跡に来ることはなかった。今回、当時の場所に集まることになり、和歌山市を中心に京都や奈良からもかけつけ、本町公園の中で「ここら辺に校門があった」「私の家があったところはいま、道路になってる」など思い出を語り合った。
 和歌浦に住む金原美智子さんは「市内にいてもじっくりと小学校の跡を歩くことはないので、改めて思い出します」。
 幹事の小川さんは「小学校のころは戦争と戦争の間で、モノに不自由しなかった。東京の子どものように半ズボンをはいてましたし、近くの映画館でアメリカ映画をよく見ました」と懐かしがる。また、垣内和子さんは「内町東は“和歌山の学習院”と呼ばれたほどで、ハイカラでした。遠足のおちんもチューインガムやチョコレートを持っていきました」と振り返っていた。

写真=本町公園に集まった内町東小の同窓生)