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| トライアウトでつかんだ手応え |
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「キミは現役の教師だから……」。昨年3月に堺市で行われた全日本のトライアウト後、田中幹保監督から直接伝えられた不選抜の理由。
「教師じゃなければ全日本に行けたのか……」。当初、書類選考を通過しただけで、「夢のよう」と思ったが、実際のプレーで手応えを感じただけに、監督の言葉に悩んだ。
その後、夏にはVリーグJTサンダースの合宿に呼ばれ、さらに、パルシン監督から「イタリア遠征に行かないか」と誘われた。仕事の都合でイタリアには行けなかったが、バレーボールへの気持ちは募るばかり。
ヴェルディから話があったとき、ついに教師を辞める決心をした。「攻撃型チームだから、きっちりサーブをカットして攻撃につなぐ。ここなら自分の持ち味を出せる」と考えたからだ。
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| 卓球の動きがリベロの役に |
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実はバレーボールを始めたのは高校生から。父親が大学時代、卓球の全日本チャンピオンだったことで、「物ごころついたときから、ラケットを握ってました」。
中学時代に県大会で2位に入るなど順風満帆で、ずっと卓球の道を歩むはずだった。
しかし、開智高校では一転バレー部に。だが、チームメートは和歌山選抜に入るような選手ばかりで、ただ一人の未経験。それでもピンチサーバーと盛り上げ役でチームに貢献した。関西外大ではスパイカーとして活躍し、キャプテンも務めた。だが、スパイカーのころは「全日本など考えもしなかった」。
リベロに出会ったのは卒業後、開智高のOBチームに入ってから。背が高いとか手が長いとかでなく、努力した部分が通用する。また、地味ながら自分の仕事をきっちりこなすことを要求されるポジションが「まさに適材適所」と思えた。さらに、卓球で鍛えた左右の動きが「リベロにピッタリ」と分析する。
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| 小さい体でもやれると証明 |
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教師を辞し、V1リーグ行きを決めたいま、「リーグで活躍するのはもちろん、ぼくのプレーを見た人が感動してくれるようなプレーヤーになろう」と心底思う。
さらに、全日本入りも夢ではない。かつては190センチ前後の大型選手ばかりだったが、リベロの登場で、状況が変わった。「小さいからダメというのを覆したい」ときっぱり。特に、「子どもたちには、小さくてもできることを証明できるように」と願いを込める。
V1参加と同時に、筑波大学の大学院でスポーツのクラブ運営を学ぶ。二足のわらじをはくのは、「いずれ監督となり、指導を」との気持ちがあるからだ。
英語教師としての安定した道を捨て、飛び込んでゆくV1リーグ。やるからには、近年低迷する日本のバレーボール界を盛り上げ、「自分の力で時代を動かしたい」。目を輝かせた。 |