コンペは、大阪都心部に残る最後の大規模開発地といわれる、大阪駅北側の貨物駅24ヘクタールを対象に開発コンセプトを競うもの。最終的に53の国と地域から966点の応募があったなか、和大チームが佳作5点の1つに入った。応募は個人または個人のグループだが、実質的には大手企業に所属する設計士チームが目立つ中での快挙だ。
元となった「地上に地下をつくる丘」のアイデアは本多教授が出した。かつて竹中工務店に勤務していたとき、大阪ビジネスパークのクリスタルタワーを担当したことがあり、超高層ビルの設計は経験済み。
一般に都心の開発は、地表部に公共スペースを設けるために高層化と地下の活用が避けられない。だが、地下工事は地上より大がかりになるうえ、大量に出る残土の処理が問題となる。その対策として考えついたのが、「地上に地下街をつくる」構想。
地上部にまず地下街部分を建設し、それを建設残土ですっぽり覆ってしまう。その上に広がるすっきりした丘に高層ビルを建設することで、「地域に開かれたスペースを確保できる」というわけだ。
これだと建設残土や廃棄物を開発地域内で処理することができ、環境負荷軽減につながる。さらに、地下街の充実と高層化を進める一方、地表部の建ぺい率を低くし緑地を増やすことでヒートアイランド現象をおさえること、都心に手ごろな価格の住居を提供することでドーナツ化に歯止めをかけるといった利点がある。
こういったコンセプトに基づき、学生たちが動く。本多教授は毎年、ゼミの一環として3回生にコンペ参加を課しているが、今回のメンバーは吉永規夫さん、門永琢さん、田辺弘幸さん、宝川悠一さん、豊田幸さん、金子美音さん、石本博子さん、奥備洋さんの八人。それぞれ模型担当、図面担当、論文担当などに分かれて、アイデアを出しあいながら、今年1月末の提出期限まで約2カ月、徹夜続きで取り組んだ。
図面担当の門永さんは「これだけの敷地が一度に売れるのは考えられないため、開発地区から出る残土を未開発地区に移動し開発まで仮の丘をつくれば全体として一体感が出ます」、模型担当の吉永さんは「丘をつくりながら、間に谷を配置し、動線として最初から中央部を貫くトンネルを設置しました」と解説する。
基本案を出したあと、学生の自主性に任せていた本多教授は「実はあまり期待していなかったんですが、出来上がりを見ると、完全にプロフェッショナルな仕上がり」と舌を巻く。学生たちも「ほかの案でも、環境をテーマにしたり、大阪らしく水を重視した案は多かったですが、ぼくたちも決して負けてなかった」と胸を張る。
専門家と互角にわたりあった学生たちは、既に次の目標を設定した。京都の「建売り町屋設計コンペ」がそれ。学生から案を募り、実際に売れる建物を考えるコンペで、コンセプトが問われた大阪駅北側開発とは性格が全く異なる。
それでも「プレゼンテーション用のパネルの色が薄すぎた。目立つようにします」(金子さん)と声があがるなど、「いろいろ失敗したことで、次は効率よくできる」と前向きな言葉が飛び出している。
本多教授は「やりたいと思ってできない学生はいない。改めて質の高さに驚きます」と目を細めていた。
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