国指定史跡に新宮城跡など
天然記念物の浮島 範囲拡大
       
新しく国史跡に指定された新宮城跡「水ノ手郭」 新宮市の新宮城跡と水野家墓所が国指定史跡となった。また、天然記念物の新宮藺沢浮島植物群落の指定範囲が広がったほか、串本町の樫野崎灯台旧官舎が登録有形文化財建造物に指定された。文化審議会(高階秀爾会長)が5月16日、文部科学大臣に答申して決まった。
 新宮城は1633年に徳川家家老の水野氏の居城として建築。近世の紀州藩が新宮領を統治し、政治、軍事、経済、太平洋の交通上重要な位置を占めた。石垣は熊野酸性火成岩を用い巧みに構築され、本丸、鐘ノ丸、松ノ丸を配置。城の北部には大規模な船着場や炭納屋群を備えた「水ノ手郭」があり石階段が残存。特に炭納屋について「近世の城で経済的な施設を備えた全国的に珍しい例」(県文化遺産課)という。また、水野家墓所は城跡の南約1キロにあり、歴代の新宮城主とその親族の墓碑16基が建ち並んでいる。
 浮島は1928年に天然記念物に指定された植物群落(7777平方メートル)で、130種の植物が森を形成。主にスギやヤマモモ、イヌウメモドキなどで寒暖の植物が混生しているのが特徴で、池の周囲が39年に追加保存。今回追加指定されたのは隣接する965平方メートルの更地。今後、この部分を沼地に復元し、浮島の水質改善を図り人と環境とのかかわりを親しみながら学べるよう整備する。
 また、有形登録文化財に指定された樫野崎灯台旧官舎は串本町紀伊大島の東端に位置する。1870年にイギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブランドンの設計で建設された。旧官舎は石造平屋建て、寄せ棟づくりで、明治初期の洋風住宅の遺構としての価値が認められた。

写真=新しく国史跡に指定された新宮城跡「水ノ手郭」)