パーディは60年代からスタジオミュージシャンとして活動を開始。ジャンルにとらわれず、間もなくトップドラマーとしての地位を確立した。
70年代にソウル・シンガー、アレサ・フランクリンのバッキングで高評価を得た。また、ブルースのBBキング、ジャズのマイルス・デイヴィス、AORのスティーリー・ダンなど数多くのアルバムで、「パーディ・シャッフル」と呼ばれる独特のリズムパターンを繰り出している。近年はアレサのバックを務めたサックスのキング・カーティスバンド時代の仲間とソウル・サバイバーズを結成、ソウル・ファンク系の音楽を聴かせている。
中川さんがパーディを知ったのは数年前、バンドでアレサ・フランクリンをカバーし、すぐドラミングに魅了された。99年1月に大阪で開かれたソウル・サバイバーズのライブに通い詰め、ステージの合間にドラムへのアドバイスをもらった。その後も、メールや手紙でコンタクトをとり続けた。
ドラムへの熱意にほだされたパーディは、ほどなく和歌山まで足を伸ばしてくれるようになった。中川さんは各地を案内しただけでなく、バンドの練習に連れ出しジャムセッションに参加してもらったこともある。
純粋に音楽を楽しむアマミュージシャンとの交流が気に入ったパーディは、「自分が培ってきたことを次の世代に伝えたい」と、かねてから温めていたバンドクリニックビデオを和歌山で撮影しようと提案。それが現実となり、2000年5月に和歌山市でクリニックとライブを開くことになった。東京、福岡でも同様のクリニックを実施したが、和歌山はアマミュージシャンらが会場準備から告知、チケット販売まで、京都や大阪まで文字通り走り回り、手作りで実現させた。
献身的なサポートを目にしたパーディは、「土台の97〜98%はみんながやってくれた。私は当日、残り2〜3%を上乗せするだけで良かった」と感激し、「また、絶対戻ってくる」と固く約束したほど。
もちろん、クリニックで、パーディはミュージシャンとして大きな影響を残している。「曲の山と谷を考えて演奏すればグルーブ感が出る」「メンバーの音をよく聴く」「より少ない音でより多くの表現ができる」などアドバイス。バンドの1人は「次の練習で、みんなの出す音が変わっていた。それだけ重みのある言葉だった」と振り返る。
また、当時中学生ながらクリニックに参加した和歌山市の髭白健さんは、いま東京の国立音大附属音楽高でパーカッションを学ぶ。「あのときはスティックの持ち方を質問しました。大きな体で大きな音を出していましたが、音がとてもきれいだったのでビックリしました」。髭白さんは現在、ロック系のバンドでCDをリリースするため活動している最中。パーディの活動が新しいミュージシャン誕生に一役買ったわけだ。
パーディはその後も来日のたびに和歌山を訪れ、ライブハウスや練習スタジオで交流を深めてきた。今回のライブ、クリニックは4年前の約束を果たすのはもちろん、「和歌山で味わった感動がどんなに素晴らしいか、仲間のミュージシャンに伝えたい」との気持ちから実現した。
中川さんは「パーディさんは人との触れあいから、『和歌山は第2の故郷』というほど気に入ってます。演奏に彼の人柄が出ていますので、グルーブ感をより多くの人に感じとって欲しい」。
「バーナード“プリティ”パーディーズ・オールスターズ」はパンチョ・モラレス(パーカッション)、ロイ・ベネット(ベース)、ジョン・コルバ(ボーカル)、塩次伸二(ギター)、吉弘知鶴子(キーボード)ら10人編成。ライブは9月17日(金)午後6時半から、和歌山市民会館。5000円、当日5500円。クリニックは9月18日(土)午後2時から、県立図書館メディア・アートホール。1500円。
問い合わせはブルーマンデープロダクション(073・461・7522)。オールドタイム、宮井平安堂ほかで発売。
(写真上=バーナード・パーディ、写真下=仲間が集まりライブを支えた)
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