情熱の形
“昔ながら”の新しい味
build up business
       
高砂アラレ 増田充裕社長(41)
      
 マヨネーズ、チーズチリ、ペペロンチーノ味と、一味違うあられを次々と出す「高砂アラレ」(岩出市岡田)は創業80年の老舗だ。アメリカへの輸出品に限っていたが一昨年(2005年)から国内で販売を始めたのを機に2カ月に1回、新製品を出し続ける。「あられは演歌と同じでお年寄りのもののイメージが強い。氷川きよしの登場で演歌ファンの幅が広がったようにあられのイメージを変えたい」と増田充裕社長(41)。米にこだわる昔ながらの作り方を大切にしながら、和歌山の魅力アップを視野に入れた新展開を図る。
        

 岩出市内にある木造の小さな工場。祖父の恂一さん(故人)と父、旬克さん、親戚の職人さん、近所のおばあさんたちが集まり、焼き上がったあられに海苔を巻く。「ちょっと分けてよ」と帰りにあられを手にするおばあさんたち。増田社長の記憶に残るかつての工場は地域に根ざし、家族的な雰囲気だった。
 しかし、あられは国内で販売していなかった。創業は1920年代。祖父の恂一さんが横浜市で開業し、戦後まもなくアメリカに移民していた親戚のすすめで、サンフランシスコやオークランドの日系人向けに販売を始めた。製品は醤油味のあられ。岩出で製造し、一斗缶に入れてオート三輪に積み、風吹峠を越え神戸港まで運んだ。
 手間はかかったが、当時の日系人は米に郷愁があった。父が2代目を継ぎ、ラスベガス、シカゴと販売エリアを広げ、ロサンゼルスでは「TAKASAGO」は、あられの代名詞になった。
 増田社長は大学4年の時に入社し、父のもと2002年には新工場設立も果たした。
 「岩出の名産になる商品を作って欲しい」。数年前から地元の商工会や若手の経営者の集まりに顔を出す度に声をかけられるようになった。気持ちはあったが、コスト面に課題があった。いいものを作ろうと思うと、袋のデザインひとつをとっても安くはすまない。一方、アメリカでは、ニューヨークでの販売にこぎつけたが、中国やタイの安いあられが出回り、国内での新展開が求められていた。
 「まずはカタチにしよう」。 
 増田社長のポリシーのひとつだ。「できない理由を数えあげても何も始まらない。なんでもまずカタチにすることが第一。カタにチ(血)が入ってこそ何事も始まる」
 スナック菓子風の多彩な味で、「米を食べて欲しい」と考えた。餅米を厳選し、滋賀の「羽二重」、佐賀の「ひよくもち」と1級品にこだわった。せいろでむした餅米を杵でつき、冷蔵庫で寝かして板状に切って焼き上げる。「米を粉にする会社があるが、うちは米粒のまま。これで、やわらかくてサクサクした食感が出るんです」
 味のアイデアは家族から出ることも多い。うに・わさび、アーモンド、キムチ、みたらし団子、ヨーグルト味……。
春先に出した、あられをチョコでくるんだ季節限定品「チョコ丸」の名前は長女の理子ちゃん(8)が考えた。2カ月に1品とノルマを課し、現在、20数種にのぼる。 
 新展開は話題になり、直売所を訪れる人は増えた。現在の人気ナンバーワンが「ごぼう味」。バレンタインに重なり「チョコ丸」も受けた。チョコレートは神戸の有名メーカーのものを使った。「原料をどこから買うのかも大切です。人の輪の生かし方、これは企業秘密ですね」と笑う。
 今年に入り、和歌山の食材を使ったあられの製造に力を入れる。有田川町の旧清水町は山椒の生産が日本一だ。これを用いた「ぶどう山椒 山椒あられ」を五月から、しみずの道の駅などで販売し、地域PRに一役買う。また、清水のあらぎ島をイメージしたものや、鞆渕の黒豆を使った新製品を企画。「和歌山によくなって欲しい」と熱を込める。
 さらに「現代はアレルギーに悩む人が増えている。健康志向にあったものも出したい」と頭をひねる。
 故郷への愛情、時代への意識……。様々な思いが込められ、新しい味は生まれ続ける。

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 今回から「情熱のカタチ〜Build up Business」と題し、和歌山から飛躍を図る経営者の姿を土曜号1面でレポートします。