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関西大学の学生時代、焼き鳥店でアルバイトを始めた。常に満員の人気店で、ホール係として毎日、忙しく働いた。
オーナーは、居酒屋、ラーメン店と多角的に事業を展開していた。「作って売るだけでなく、売るために他の要素と組み合わせる」オーナーの頭の回転に魅せられた。「自分も飲食店をする」といつしか腹を決めていた。
大学卒業後の進路は、経営コンサルタント会社、船井総合研究所だった。「経営のノウハウを学び3年で辞めて独立」。思いを秘めて入社した。
配属は第2経営支援本部。いきなり1人で営業し契約を得ねばならない厳しい部署だったが、うどん店、トンカツ店、べーカリー店と1年で10軒の契約を得て、会社の新人賞を受賞、表彰された。
「店の支援は一品をまず店の目玉にし、次にそれを商圏内で1番、日本で1番と段階的に育てる」。ダメな店ほどメニューが多く自信のなさが出る。「店主も真剣なのでメニューを減らさない。データを取って説得し成果をあげた」
だが、ジレンマはそこにあった。「説得するより、自分でやった方が早い」。仕事のスピード感のなさに苛立った。結局、2年で退社し、和歌山へUターン。飲食店でアルバイトしながら物件を探し、高校の友人、馬締博和さん(現専務)と店の構想を語り合い、開店に備えた。
2001年に「カフェ・シエスタ」を開店。全国のカフェを回ること100軒以上。良い所は参考にし尽くした。
しかし、売り上げは下降線をたどった。3カ月で店の通帳に残ったのは40万円。従業員の給料の目処が消えた。
その年のクリスマス。客は2組で、1組は父だった。がらがらの店内で、店じゅうに響く大声で父が言った。「ここの料理はめちゃめちゃうまいな!」。目頭が熱くなった。
活路を見いだせず、焦りばかりが募っていたある時、船井総合研究所の先輩がふらりと来店した。店のメニューを手にして一言。
「おまえの店、何屋やねん」
パスタ、鳥の唐揚げ、アジア風焼きめし、ケーキ……。
「いざ自分でやると、必死になって“まず一品”をすっかり忘れていたのです」
早速、メニューを分析すると人気はパスタだった。パスタにスポットをあて広告をうった。客足が向き始め、ランチタイムは満席になった。空席が目立った11時から正午までに時間限定パスタを設定し、店はにぎわった。
2年前には洋菓子店「アルトロシエスタ」をオープン。卵、牛乳、ハチミツと和歌山の食材を使ったチーズケーキをメーンにしたが、苦戦した。昨夏、「半額セール」を試み、できた行列を写真に撮りネットでPR。売り上げが伸び、9月、楽天市場の週間ランキング・スイーツ部門で1位になった。今度は実店舗でこれを打ち出した。実店舗とネットを相乗させ、人気が集まり、五月には楽天市場の総合ランキング1位に輝いた。チーズケーキを「全国から愛される和歌山の商品」に育て上げた。
県外出店の誘いは多いが、「和歌山から出たくない」と強調する。「自分から行くのではなく、人に来て欲しい。性格です」と笑う。「誤解を恐れず言うと、僕の経営の根本は『モテたい』ことにつきる。注目され売れると、自分がモテたようにうれしい。それが僕の三つ子の魂。マーケティングの技術は大切ですが、経営者はやることを借り物にしないために自分を知るべき。だから僕は『モテたい』とはっきり言えます」
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