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私が小説を書き始めたのは15年前、40歳の時でした。今春からはニュース和歌山に『愁歌』を連載させてもらっています。小説を書こうと思ったのは読書好きで、宮尾登美子や平岩弓枝のファンだった母、千代子の影響です。母は、幼い私と弟をよく本屋へ連れていってくれました。「この本を読みなさい」とは決して押しつけず、好きな本を選ばせてくれました。そして読んだ後は必ず感想に耳を傾けてくれました。自然と私の生活の中に読書が刻まれていきました。 初めての小説『セレナーデ』が完成したとき、母に読んでもらおうと持っていきました。母は「本になったら読むわ」とだけ言いました。母なりの励ましだったと思います。他の作品も同様でしたが、唯一読んでくれたのが、この春から連載されている『愁歌』でした。「もう少し人物像をはっきりと」「文字を追うことが苦痛にならない文章に」。厳しい意見でした。 6月25日、その母が他界しました。悲しみの中、葬儀を終え、母のベッドの側にある引き出しを片づけていると、連載の切り抜きが出てきました。胸を打ち、言葉になりませんでした。「口に出さなかったけれど、おばあちゃんはお母さんの作品を大切にしてくれてたんだね」。娘が声をかけてくれました。 母が亡くなって1週間後、1通の便りが届きました。コスモス文学新人賞・長編小説部門で、粉河が舞台の『春のうねり』が新人賞奨励賞に選ばれたとの通知でした。受賞を伝えられれば、きっと喜んでくれたことでしょう。 母は膨大な日記を残していました。私は目を通すことができませんでしたが、読んだ娘が教えてくれました。「小説執筆に、着物コンサルタントの勉強にと、頑張っている美惠子の姿を見るのはうれしい。その頑張りが何か結果になりますように」。今回の受賞は母の願いが形になったのかもしれません。 「おごることなく、初心を忘れず」。よく母に言われたその言葉を胸に、これからも作品を生み続けてゆきたいと思います。 (和歌山市、得津美惠子) |
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