おはなし一輪
〜それから〜
 「おはなし一輪」のコーナーは2007年6月から始まりました。読者のみなさんの感動したことや心に残った出来事など、ささやかな暮らしのワンシーンを掲載してきました。その数は半年間で約30。中から、今回は3人の「おはなし」のそれからをご紹介します。心にほっこりと、「おはなしの花束」届けます。
“ボクサー先生”に刺激受けました
前列左から2番目が塩崎選手、右隣が木村監督
 昨年(2007年)6月13日号掲載の「ボクサー先生のメッセージ」は、和歌山市出身で、現在、串本町の古座高校で教壇に立つ木村雅紀さんからの投稿。同校の統廃合が検討される中(その後、串本高校との統合が決定)、生徒や同僚の教師に自分の頑張りで元気を与えたいと、1年4カ月ぶりにボクシングの全国大会に出場し、準優勝を果たすという内容でした。木村さんの情熱に発奮した同校軟式野球部員、また、読者からボクサー先生の頑張りに刺激を受けたとのメッセージをいただきました。

 昨年(2007年)10月26日の県高校軟式野球新人戦、南部高校との準決勝。勝利を収め、控え室に戻ったとき、監督の木村先生から「ノーヒットノーラン達成や!」と聞かされました。その時はただただびっくりしてしまいました。強豪の南部高校を1対0で破り、決勝進出を決めた喜びが強く、自分の記録には全く気づいていなかったからです。
 試合では、チームメートが2回表に1点を先制してくれ、少し余裕を持って投げることができました。ヒット性の当たりを何度か打たれましたが、バックが守りきってくれたので、この大記録を達成できました。僕自身、ノーヒットノーランのことなど全く頭になく、意識することもなく伸び伸びと投げることができたので、このような結果につながったと思います。
 八月に三年生が引退し、新チームはぎりぎりの九人になりましたが、練習の時も試合の時も坂井大樹キャプテンを中心に、絶えず一人ひとりが声を掛け合い、チームワークの良いチームだと思います。
 木村先生は何事にもチャレンジ精神旺盛です。1年4カ月ぶりにボクシングの大会に出ると聞いたときは驚きましたが、勝ち進んで欲しいと心から思いました。そんな先生の頑張りを知ってから、みんな熱心に練習するようになったと思います。練習の時のみんなの声は確実に大きくなりました。
 ノーヒットノーランできたのも、準優勝という結果を残せたのも、先生に刺激を受けチームが一丸となりプレーできた結果だと思います。今はみんなで“”春の県大会優勝”を合い言葉に、練習に頑張っています。
 (古座高校1年  塩崎 英五)

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 ボクサー先生の記事を読み、自分の夢への第一歩を踏み出しました。
 私には高校生の時からカウンセラーになるという大きな夢がありました。夢に向かったけれど結局、大学卒業後は一般企業に就職。でもどうしても夢をあきらめきれなくて、先日、面接を受けると、1次を合格しました。しかし、2次面接に受かるには自分へのプレッシャーが大き過ぎて、絶望的でした。仕事が忙しい中、2次面接に向けて徹夜の勉強。もうダメだ…私には出来ない。
 ある朝、仕事に行く前に「ボクサー先生」の記事を読みました。この方の優しさと温かさと情熱が紙面から伝わり、感動し涙が止まりませんでした。大切な事を忘れていた気がします。どんな時も自分の情熱を絶やさないこと。夢に向かう情熱はきっと人に伝わる…。
 次の日、この記事をお守り代わりにかばんに潜めて2次面接を受け合格。ボクサー先生の情熱は遠く離れた私の元にも届きました。
 私もパワーをいただきました。今、やっとスタート地点に立てた私があるのは先生のおかげです。あの時、先生の記事を読んでいなかったらいつまでも第一歩が踏み出せない私でした。ありがとうございます。
 そして応援しています。私も負けません! 忙しい毎日の中でとても温かい記事に出会え、それが私のこれからの一生を左右するかもしれないきっかけになった偶然に感謝しております。
また、まだまだ未熟な私をいつも温かい目で見守ってくれる周囲のみなさんに感謝している毎日です。
(和歌山市 W・Y)

母の死乗り越え念願の出版
いつまでも母の言葉を大切に
 現在、ニュース和歌山に小説『愁歌』を連載しています。また、7月18日号「おはなし一輪」に「母の言葉を胸に」と題した文章を載せていただきました。実は小説を書く際の“得津美惠子”はペンネームで、顔写真が載るのはこの時が初めてでしたので、それまで作者が私だと知らずに読んでくれていた方から多くの反響をいただきました。「主人公の裕子はだれと結婚するの?」。そんな質問もよくされます。
 「母の言葉を胸に」にも書きましたが、私に小説を書くきっかけを与えてくれた母が昨年(2007年)6月、他界しました。その直後、粉河を舞台にした『春のうねり』がコスモス文学新人賞・長編小説部門新人賞奨励賞に選ばれたと連絡がありました。
 文章を書く一人として、執筆を始めた15年前から「本を出したい」という気持ちは持っていました。これまで手がけた作品もすべて情熱をそそいだものばかりですが、今回は亡母が天国から後押しをしてくれたのだと思います。
 電話をした2社目の出版社で担当に原稿を送ると、「読むことが止められなくなるほど引き込まれていく作品でした」との返事をいただき、出版の運びに至り、2月下旬、全国の書店に並ぶことになりました。
 これまで母は、完成した原稿を見せても、「本になったら読むわ」と目を通してはくれませんでした。母なりの励ましだったと思います。出版が決まった今は「良かったね」と言ってくれると思いますが、おそらく内心は売れるかどうか心配しているだろうと想像します。
 母に読んでもらいたい気持ちがある反面、晩年も病床で1日1冊の文庫本を読むほどだった読書家の母の感想がだれよりも恐いと思います。きっと褒め言葉よりも、今後執筆を続ける上でプラスになる言葉を贈ってくれるに違いないでしょう。
 母の死後、愁嘆は否めない事実でしたが、「おはなし一輪」に載せたことで気持ちにけじめをつけ、新たな出発点に立つことができました。「おごらず、初心を忘れずに」という母から言われた言葉を大切にしていきたいと思います。
(和歌山市 得津美惠子)
七曲市場で出張カフェWith
七曲市場に出店した小泉さん(右)たち
 「和歌山を元気に」と、和歌山大学生が中心となり運営するカフェ「With」に憧れ、和大に入学しました。昨(2007年)春から活動に参加し、3回生からは統括責任者の足立基浩先生のゼミに入れることに。   Withはいろいろなお客さんでにぎわい、お年寄りが「若い子といると元気をもらえるわ」とニコニコしてくれたり。10月3日の「おはなし一輪」に私が載ったのを見て、会いに来てくれた人もいました。
 先月9日、七曲市場のお祭りに出張カフェWithを出店しました。七曲市場は私にとって特別な場所。父の店があり、小さいころから商店街のみんながかわいがってくれました。今も店を手伝っているので様々な方にお世話になっています。
 父の店に来ていた市場の役員の方に「七曲でカフェが開ければ…」と相談したところ、「じゃあ一緒にやろうか」と話を通してくれました。商店街の皆さんへの恩返しと、ここで店を営んでいた、亡くなった大好きな祖父のためにも頑張ろうとの気持ちが強くなりました。
 足立先生がゼミの新人全員で取り組むことを提案してくれました。準備を重ねて迎えた当日、朝5時から焼いたケーキはすぐに完売。ほかにもスープやホットサンドなど体も心もあたたまればと作ったメニューも好評でした。「頑張ってるね」「ありがとう」との声やうどんの差し入れなど、私たちも商店街からあたたかさをもらいました。同時に、またここでやりたいという思いがひしひしと湧いてきました。
 1人ではできなくても、2人いれば2人以上の、3人いれば3人以上の力が発揮できると、今改めて実感しています。これからも「まちづくり」に熱い思いを持った人たちの中で、自分も意識をもっともっと高めていき、広い視野が持てる人になりたいと思います。
 商店街は人のつながりが深く、人情が溢れています。まちの中心的存在の商店街が元気になれば周りも元気になるはず。今後は、商店街にあまり行かない人にも良さをPRするイベントができればと考えています。
(和歌山市 小泉萌)