2008和歌山展望
絶望から、希望の政治へ 
和歌山大学教授 堀内秀雄
         
 「強い者が集まったよりも 弱い者が集まった方が 真実に近い気がする」
 脊椎損傷により、口と足で花を描き、詩を綴る星野富弘さんの魂の叫びです。
 けれど、いまの政治を映す世相はその対極にあるようです。昨年(2007年)を象徴する漢字が「偽」でしたね。共感と義憤が入り混じり、哀れをさそいます。
 新しい年を迎えた和歌山。その政治の行方に希望はあるのでしょうか?
 本県は人口・経済指標など、日本の100分の1程度です。されど政治風土は、負の遺産を継承してきました。政官業の癒着構造、首長・政治家の汚職・逮捕等では恥ずべき「先進県」…。
 しかし、今年は政治が地殻変動する予感がします。欧米、アジア、オーストラリアの国々では政権交代の嵐です。日本の政治も歴史的曲がり角です。和歌山にもその風は吹き、変革の力は底深く蓄えられています。
 人口の流出、農林水産業の危機、商工業の停滞、雇用機会の減少、福祉の切り捨て、教育文化の「選別化」、市町村合併の弊害、住民の「無関心」…。これらは、政治の劣化と政策の失敗と言うべきでしょう。
 地域再生は、政治再生なしに実現しません。政治とは、「まつりごと」であり、「人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共に行う営み」です(『広辞苑』)。解体するのは何か、どんな新秩序を形成するのか、誰に対してか、誰と共に行うのか、を深く考え変革する年でしょう。
 「弱い者」も人間として大切にされる政治ドラマの幕を上げる時です。農山村で、市街地で、老若男女が、NPOが胎動しています。
 和歌山には、南方熊楠をはじめ反骨魂の人物も数多く存在しました。「後発先進」でいい。付和雷同から脱却し、協働連帯の真意を込めた創造的「つれもて、いこら」精神が必要です。
 初夢は、絶望から希望の政治へ、初日の出!