優秀賞 タマとボクのはなし
坂浦一星さん(那賀高1)
奴に出会うまで、ボク達は平穏で慎ましい暮らしをしていた。普段は屋根裏なんかに潜んでおいて、ヒトが寝静まった頃に米なんかを囓(かじ)らせて貰う。可愛いもんだろう?
けれど、平穏な日々はそう長くは続かないもので、ボク達の前に大きな恐怖が立ちはだかることになった。そいつには、ツメがある。キバもある。光るメだって持っている。名前は、タマ。…ネコだ。ネコと言えばネズミの天敵。そんなこと、実物を見たことのないネズミでも知っている。だからそれが当たり前であるかのように事件は起こった。そして笑えないことに、その被害者は、ボク、だった。
餌探しの途中のことだ。いつも気怠(けだる)そうにしていたその顔が、ボクを見て一瞬だけ驚いたような表情になり、そして、ニヤリとした笑みに変わった。気付かれて、しまった。目があった瞬間、そのまま走り抜けてしまえばよかったのかもしれない。しかし、体が硬直した。一瞬の逡巡の後、ボクが逃げるのと、奴が追うのは、ほぼ同時だった。
走れ、走れ、ハシれ。本能が叫ぶ。とても、冷静になどなれなかった。ただがむしゃらに走る。イスの脚の間。キャビネットの陰。ドアの隙間。後ろを振り向く余裕などない。とにかくどこかに隠れるしかない。無我夢中で、テレビ台の裏へと飛び込んだ。飛び込んで、失敗した、と思った。この隙間なら、ネコでも入れるかもしれない。そんな不安に苛(さいな)まれながら、ゆっくりと後ろを振り返る。大きな光る目が、そこにあった。緊張が、最高潮に達する。タマは、こちらを凝視し、何秒か思案するような顔をして、そして、去っていった。ボクは安堵して、それでも警戒を解くことなく、奴が完全に見えなくなってから気付かれないように屋根裏へと帰った。
その日を境に、何故かタマとよく出会うようになってしまった。見つからないように行動しているはずなのに、どうしてか見つけられてしまうのだ。そして、ボクが逃げる。タマは追う。ボクがテレビ台の裏に隠れて、タマが去る。何度も何度もそれが繰り返される内、ボクは楽しいと思い始めていた。もっと走りたかった。
ついには、自分からタマを誘うようにもなった。タマに近づき、尻尾を振る。するとタマはニヤリと笑い、二人は同時に走り出す。どんなにギリギリの攻防を繰り広げても、最後はボクが逃げ切る。どんな無茶をしても、絶対に逃げ切れる。何故だか、確信があった。
ある日、家主が2匹目のネコを拾ってきた。名前はミケ。タマよりも少し大きいが、老いて弱々しいネコだった。その日から、どうしてかタマがボクを追うことはなくなった。時々出会ったとしても、こちらを一瞥して、素通りしてしまう。なんだか、寂しい気持ちになった。思いっきり、駆け回りたかった。
数日間悩んだ後、ボクはミケに喧嘩を吹っかけることにした。タマよりも弱そうだから、つまらないかもしれない。が、何もしないよりは気が晴れるだろう。そんな気持ちで、ボクは老猫に近づくと、尻尾を振ってやった。あちらもすぐにこちらに気付く。それ、逃げろ。ボクはいつものように駆け出す。少し走って、速すぎるだろうかと後ろを確認したボクは、信じられないものを見た。飛びかかってくる、ミケ。間一髪飛び退いたものの、尻尾を持っていかれた。痛い、痛い。訳が分からなくなりながら、必死で逃げる。何故、あんな老猫に。ミケは少しの間尻尾に気を取られていたが、また、こちらに向かってくる。真っ白な頭で、何とかテレビ台の裏へと飛び込む。ここまで来れば。安堵しかけたボクは、再び絶望の淵に立たされた。ミケが、隙間から顔を覗かせたのだ。そのまま、ゆっくりと近づいてくる。タマより大きいはずなのに。
そこで、やっと気付いた。そうか、タマ。君は、手加減していたんだな。本当は、ボクなんか簡単に殺せたのに。そう気付いたとき、胸が、締め付けられた。今思えば、最近つれないのは、ミケにボクを食わせないためだったのだろうか。でももう、どうにもならない。せっかく君が助けようとしてくれたのに、ボクが思い上がってしまった。ネズミがネコに勝てるわけ、ないのに。ミケが、ツメを振り上げる。もう、ダメだ。
悲鳴が、あがった。ボクのじゃない。ミケのだ。一目散に逃げるミケ。状況が理解できないまま顔を上げると、そこには、にっこりと笑う見慣れた顔。いつもとは違う、優しい笑顔。ボクは、思わず泣いてしまった。そんなボクに、タマは初めて声をかける。「なあ、俺達、良い友だちになれると思わないか」
ボクはその言葉に顔を上げ、涙も拭かずに頷いた。何度も、何度も頷いた。
タマは、ニヤリと笑った。
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ニュース和歌山主催「干支が主役!創作童話コンクール」の入賞作品を紹介します。
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審査員・いわみせいじさん(漫画家)のコメント…読者に「どうなったんだろう」と思わせ、最後にネタをばらすテクニック。話の見せ方、構成が非常にうまい。