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人情味あふれるまちの台所
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和歌山県庁にほど近い和歌山市東長町。車の往来が絶えない大通りを少し入ると、住宅街の中に「七曲市場」と書かれた看板が現れる。威勢の良い声が飛び交う市場は、オレンジ色の裸電球が吊り下げられ、店先に野菜や魚、肉などが所狭しと並ぶ。「おはようさん。見ていってよー」「何がオススメなん?」。今日も店主と常連客の会話がはずむ。「七曲」の地名は「道がくねくねと曲がっていたから」との由来があり、古い記録には、関ヶ原の合戦後、紀州を治めた浅野幸長の祖母がここに住んでおり、「七曲殿」と呼ばれたとある。 明治末期に今の七曲市場に芝居小屋が建てられ、周りに見物客相手に食料品を売る商人が集まったのがはじまりだ。戦前は公設市場の役割を果たした。「戦争で何にもなくなったけど、ここで商売をしてた人が戦後、ぽつぽつ戻ってきたんやね」と話すのは、商店街協同組合の事務局長、高垣善行さん。昭和28年開業の「菊水堂」を受け継ぎ、今も和菓子やパンを売っている。今では市場で最も古い店となった。 昭和40年代、七曲市場は最盛期を迎える。「昔は人で向かいの店が見えなかったほど」と高垣さん。大阪南部から足繁く通う客も大勢いた。だが、大型店の出店などで客足は減っていった。 今も変わらないのは、だれもが自然と笑顔になる人と人とのふれあい。「お昼過ぎになると、お客さんたちが店の前のベンチに座っておしゃべりするんよ。だから、ほらこれ」と手にしたのは昆布茶。かたわらには常連客用の湯飲みが並んでいた。 常連客の女性は「気さくに話せるから、買い物しながら何でもすぐに聞けるのがいい。安心するわ」。笑顔と人情味にあふれる七曲市場は、これからも「まちの台所」として親しまれ続ける。 ………………………………… 地域の“懐かしの昭和スポット”を水曜号で紹介します。 |
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