未来栽培 私の農スタイル 真の「地産地消」めざし
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畑敏之さん(55)
            
 地域の恵みや食べ物の大切さを市民と共有できれば、農業の可能性はもっと広がる。「紀の川市環境保全型農業グループ」の会長を務める同市横谷の畑敏之さん(55)は、知事が地域リーダーとして認定する「地域農業士」。地産地消や食育に早くから着目し、同グループは現在、和歌山県内で唯一、地元の食材を年間通して給食センターに提供している。また、小学校で農業体験を指導し、子どもたちに「命」を伝える。
    
◆ 人がつながる有機農業
    
 大学時代を東京で過ごした。卒業後は、海外での仕事や農協中央会への就職などの選択肢があったが、畑さんが選んだのは「地元で家業の農業をする」だった。「大都会に出て、外から客観的にふるさとを見つめられた。地元のすばらしさがわかり、戻って役に立ちたいと思った」と振り返る。
 畑さんの家はもともとみかん農家だった。紀の川筋は土壌が良く、比較的何でも育つ。反面、多様化する大都市の需要や流通消費形態の変化に対応するべく、作るものがすぐ移り変わる。「何でもできるから、何を育てていいか行き詰まった」と畑さん。「自分は農家。なのにみかんを売ったお金で、スーパーで野菜を買う。それってなんかおかしいなと思った」
 紀の川市は全国でも有数の果物産地として名高いが、野菜は果物ほど作られていない。おいしい野菜に需要を感じ、15年ほど前から徐々に作るものを移行した。特に徹底するのは土づくり。「土から取り上げるばかりではダメ。例えば、収穫後に残ったトウモロコシの茎を土に抱き込ませると、すごくいい土になる。そしてその上で今度はキャベツを育てる」。現在はタマネギやトマト、きゅうり、ほうれん草などの野菜と米を栽培する。自分が育てた野菜と米で食卓が彩られた時「百姓になった」と自信とうれしさがこみ上げた。

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 1995年、旧那賀町は生産者やJA、行政などが連携、協力し「有機の町づくり」を宣言した。畑さんら生産者は「那賀町有機農業実践グループ」を九七年に立ち上げ、農家が協力して有機農業でまちづくりをすることに。「作ったものをただ売るだけでは『競争』。メンバーが互いに勉強しながら高め合うから『共同』になる」
 市民に地元のものを食べたいと思ってもらうにはどうすればいいか。農家と市民の結びつきを強くするため、まずは地域を豊かにすることからと、給食への食材提供やスーパーでのインショップ、直売所開設などに取り組んだ。紀の川市に合併後は「紀の川市環境保全型農業グループ」として、参加者、活動範囲を広げる。
 給食への食材提供は新タマネギ、大根、はっさくの3種類から始まった。今は同農業グループ全体で約60品目を納めている。月1回、栄養士とメニューや栄養のバランスについて話し合い、提案しながら共に子どもたちの「食」を支える。
 人気なのは旬の時期にしか食べられない朝採りのトウモロコシ。給食の人数分を当日の朝手配するのは、大変な作業だ。しかし、採れたては甘みが濃く、「味わいの違いを感じてもらえる」と笑顔で話す。野菜から地域の豊かさを実感できる。
 一方、小学校の農業体験では「農産物を通して命を実感してほしい」と畑さん。現在、名手小学校など3カ所を担当し、植え付けから収穫まで年間3、4回学校を訪れる。天候や土の状態、手間をかけて育てることの大切さ。それを子どもに伝えるのは農家の役割だと力強く語る。「強風で倒れてしまった作物は、ある時パッと立ち上がる。その様子を直接自分の目で見ることで命が心に響く」
 帰宅した子どもが、感じたことや食物の大切さを自分の言葉で親に話す。「食育」は子どもから家庭、さらに地域へと広がる。給食や体験を通して、苦手だった野菜を克服した子どももいる。「畑さんの野菜はおいしいねとか、安心との声を聞くと本当に励みになります」。表情はゆるむ。

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 「農家だけで農業を語る時代は終わった」と畑さん。将来的には地域の給食センターや飲食店、スーパー、家庭で出る生ゴミを堆肥にし、再び土に戻すような循環型社会の取り組みを、具体化したいと見据える。食物を地域で消費することのみならず、地元の資源は地元で活用する広い真の「地産地消」。農家と消費者が一体となり、人がつながる有機的未来図を描く。

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 農業で頑張る人々の様々な試みを毎週土曜号で紹介します。