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この絵は、嘉家作丁付近から西側をみた、約160年前の風景です。今は、紀の川に架かる紀の国大橋の南詰で、住宅が密集しています。
石垣の手前の広々とした所は広小路といい、その奥には本町御門の屋根がみえます。この門は、本町御門番の同心20人が2組に分かれて警備にあたり、夕方6時に大門を閉め、夜10時にはくぐり小門も閉め通行を止めました。
広小路を出た所は大和街道あるいは伊勢街道といわれる大道で、道幅が約12メートルありました。街道には茶店や旅籠屋が軒を並べ、駕籠や旅支度の人々が往来しています。中央手前の2人の子供は、鳥毛をつけた獅子頭をいただき、腰に鞨鼓(かっこ)をつけた角兵衛(越後)獅子です。江戸時代後期、門付の獅子舞として各地で人気があり、親方に連れられて諸国を巡回していました。幼児たちがめずらしそうに集まってきています。(和歌山市立博物館主任学芸員額田雅裕)
土曜号掲載
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