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寄合橋東詰にあった火の見櫓からみた湊地区の風景でしょうか。遠くには紀の川河口や和泉山脈の山並みがみえます。
寄合橋を渡った西側には、内川に面して約530坪の紀州藩の藩校が建っています。それは正徳3年(1713)5代藩主徳川吉宗が儒学教育のため湊御屋敷跡に創設した「講堂」を、10代藩主徳川治宝が再興し、寛政3年(1791)に「学習館」と名づけたものです。ここでは藩士やその子弟の教育のため、『紀伊続風土記』を編纂した儒学者仁井田好古や国学者の本居宣長らが講義をしました。
学習館の後ろには伝法御殿、伝法橋を渡った今の和歌山市駅付近には、伝法御蔵と御舟蔵が描かれています。紀の川から内川へ入る付近は、海を越えてきた大型船から川を遡る小型船に積み替えたりする、海陸の結節点で、港湾施設が集中し、紀州藩の経済・交通上、重要な場所であったことがわかります。(和歌山市立博物館主任学芸員額田雅裕)
土曜号掲載
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