和歌山県立医大げんき開発
研究所研究主任
三井利仁さん(45)
スポーツはハートが第一
ぶらくり丁のフォルテ・ワジマ5階に今夏に開設された和歌山県立医大みらい医療推進センター。その一翼を担う「げんき開発研究所」は高速カメラを使った動作解析システムや世界の気温・湿度を再現できる人工気候室などハイテク機器を備え、アスリート育成から肥満対策まで県民の元気力アップを図る新施設だ。研究主任の三井利仁さん(45)は障害者の陸上競技で数々のトップアスリートを育て、2004年のアテネ・パラリンピックでは陸上日本代表監督を務めた障害者スポーツ育成の第一人者でもある。県立医大院生として学ぶ一方で、和歌山から全国、世界をめざす選手の後押しを図る。「心技体ではなく、僕の場合は『心体技』。強いハートが全ての土台。和歌山の人の力になりたい」
和歌山のげんき力アップ
不可能を可能に
高校、大学とアメリカンフットボールでならした。東海大では1年からレギュラー入りし、全日本3位を経験。毎日練習漬けで、「半端じゃなかったが、日本一をめざし耐えられた」。
大学の実習で、国内でも名高いリハビリテーションセンターを訪れ、衝撃を受けた。脳卒中や事故で車イス生活となった人がバスケットやバレーなどスポーツでリハビリしていた。しかし、笑顔がない。「スポーツは楽しむのが基本なのに。何か違う」。疑問が医療体育への扉になった。
卒業後、東京都多摩障害者スポーツセンターの指導員となった。障害者や大病をした高齢者らのための施設で、本格的なトレーニングから交流までニーズに合わせプログラムを組んだ。
こだわったのは障害者が「やりたい」と言ったことは可能にすることだ。手足のない人が「泳ぎたい」と言えば、バタフライを応用し全身を使う泳法を考えた。手のない人が「アーチェリーをしたい」と言えば、口を使うフォームを研究した。障害者野球、盲目の人のショートテニスも仲間と生み出した。「既成概念を捨てて『できない』を考えず、『どうすれば可能か』のみを考えました」。希望が叶うと皆、競技力を高め生き方も輝き始めた。
スピリット育てる
「トレーニングを考えてくれませんか」と依頼してくる競技者が出てきた。その一人が1996年のアトランタ・パラリンピックで、車イスの陸上200メートルで世界記録を出し金メダルを得た畝康弘選手。当時の畝選手は91年の世界陸上で敗れ、もがいていた。
「常に言ったのは『世界一をめざすなら世界一練習しろ』。選手が練習に専念できるよう人間関係や環境を整え、いい訳できない形を作る。追い込み漁です」
畝選手だけではない。2000年のシドニーオリンピック公開競技の車イス800メートルで銀メダルを得た土田和歌子選手も鍛え上げた。土田選手は国内外のマラソン大会で優勝を重ねた。「彼らは『世界で勝ちたい』とのモチベーションが強い。スポーツはスピリットが育てば、選手が頭で作る限界を超え、技術が上がる。オーラが出てきます」
ハイテクを活用
04年のアテネ・パラリンピックで陸上監督を務め、その後、国際パラリンピック委員会の国際技術指導員資格を得て、06年に独立。石垣島にバリアフリースポーツ施設を開き、同年には春夏と甲子園を沸かせた八重山商工野球部のトレーナーを務め、活躍の幅を広げた。
げんき開発研究所には開設準備から関わった。1秒で200コマ撮影できるカメラを使う3次元動作解析装置をはじめ国内有数のハイテク機材を装備。競技を問わず、関節への負担などを数値で出せ、客観的にプレーを見直せる。これまでサッカーのアルテリーヴォ和歌山や野球の紀州レンジャーズとプロ志向の強い選手がフォームを検証した。
「多くの人は練習をやった気になりがち。それを第三者的に数で出しアドバイスします。2015年の和歌山国体をめざす人から、ダイエットやシニアの健康づくりまで広く使って欲しい」と一般のトレーニングも歓迎している。「障害者スポーツをみてきたので、身体の使い方のアイデアは豊か。この研究所を通じ広く県民の役にたちたい」
写真=アスリートの身体の使い方の課題は鋭く指摘する
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仕事への熱意、大人の本気をレポートする「ジョブ魂」。毎週土曜号1面、2面にかけて掲載します。
※ニュース和歌山2009年11月7日号掲載
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