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上の絵は、和歌浦の観海閣から名草山中腹の紀三井寺を望んだ約200年前の風景です。
観海閣は、正保2年(1645)から慶安4年(1651)ごろに初代藩主徳川頼宣の妹背山周辺整備によって、和歌浦の景色を眺められる施設として建てられました。
観海閣の大きな屋根の下には、和歌浦の景色を愛でる人やキセルで煙草をのみ一服する人たちがえがかれています。左側では、敷物に座り、お酒を飲みながら重箱をつついています。手前の人は、片ひざを立てて扇子で風炉をあおぎ、お酒を熱かんにしています。奥の2人は、すっかり上機嫌で、艶やかな着物の女性に話しかけています。
観海閣には、旅姿の人や背中に「西国三十三所」と書いた西国巡礼の人たちも大勢休憩しています。おそらく芦辺屋前から対岸の第2番札所紀三井寺へ向かう舟の出る時間を待っているのでしょう。
そのほか対岸には、布引の砂州、三葛・田尻の集落が見えます。現在の県立医科大学附属病院がある和歌川河口付近には、良質な三葛塩を産出した塩田がひろがっています。 和歌山市教育委員会 額田雅裕
※ニュース和歌山2009年11月7日号記事
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