文久2年創業 諏訪園〈前〉
    
老舗 魂 東ぶらくり丁に店を構える諏訪園は、日本茶だけに留まらずハーブティーや紅茶も扱う茶の専門店。「試飲してもらい、客とコミュニケーションをとれるように」とモダンな喫茶スペースを構え、古くからの客や若い客を温かく迎える。明治28年(1895)から東ぶらくり丁で営業を始め、代々店と家を同じくし、商店街で育った4代目の永原敏行さん、悦子さん夫婦が看板を守っている。

宇治の茶を和歌山に

 創業は江戸時代後期の文久2年(1852)と言われるが、実は創業者は不明だ。創業年時は、今も取引のある京都・宇治の問屋に残された記録から判明。敏行さんは「夫に先立たれた曾祖母の永原栄が、自活するために跡継ぎのいないお茶屋から看板を買い、今の場所で店を始めたと戸籍から推測しています」と話す。
 開店当時は「宇治御茶所」として、蒸して乾燥させた葉を京都から茶壺に入れて運び、「挽き子」と呼ばれる職人が店で抹茶にひいた。店先の帳場の下に茶箱を並べ、量り売りして紙袋で渡す。栄は茶を好む高野山の僧侶に売るため、女人禁制の山に忍び入ったというエピソードも残している。
 敏行さんの祖父が2代目、父が3代目と継承する中、店は2度の大火に襲われる。大正2年(1913)の近所の材木置き場からの出火と、昭和20年(1945)の和歌山大空襲だ。一家は六十谷へ疎開していたため命は助かったが、店はおろか街中が燃え去った。この後、バラックから再び店を建て直し、まちとともにふたたび活気を取り戻していく。
 「まちのお茶屋さん」だけでなく、丸正の店頭にも商品を並べた。上質な贈答品として買い物客に喜ばれ売り上げを伸ばし、ピーク時には丸正での売り上げが半分を占めるまでになる。しかし2000年に敏行さんが社長に就いた翌年、丸正が倒産。諏訪園は新たな挑戦を始める。

写真=明治期の値段表

(後編は2月27日掲載)

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 創業100年以上の和歌山県内企業に“長寿の秘訣”を聞く「老舗魂」は第2、4土曜に掲載します。

ニュース和歌山2010年2月13日号掲載