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藤白神社境内の有間皇子神社前に
建つ歌碑は雑賀紀光さんが書いた
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地元に記念館を
海南市の藤白神社境内にある有間皇子神社。この社の前に、藤白坂で処刑された皇子への悲しみを詠んだ「藤白のみ坂を越ゆと白たへのわが衣手はぬれにけるかも」(作者不詳)の歌碑と歌曲碑が建つ。歌碑の文字は雑賀紀光さんによるもの、歌曲碑に刻まれた楽譜は、この歌に曲をつけた打垣内正さんの作品だ。
教師、また県音楽教育連盟初代会長として音楽教育に携わった打垣内さん(1907─95)は、ライフワークとして万葉集の収録歌が詠まれた場所に足を運び、100首以上に曲をつけた。このうち、和歌山と奈良で詠まれた30首を歌曲集『万葉の歌』にまとめ、81年に出版した。
一方、画家として知られる雑賀さん(1911─91)も郷土の歴史に関心が深く、著書に『海南風土記』を持ち、海南郷土史編集委員を務めた。81年に有間皇子神社がつくられた際には皇子画を同神社に寄贈している。
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有間皇子神社前に建つ歌曲
碑。打垣内さん作の楽譜が
刻まれている
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和歌山県内の万葉故地PRに取り組む紀伊万葉ネットワークが昨年5月、打垣内さんが出版し、雑賀さんが挿絵を提供した『万葉の歌』を28年ぶりに再出版した。この取り組みについて、本紙記事が縁となり、大阪に住む打垣内さんの長男の尚雄さん、次女の松本悦子さんが知り、今年に入って同ネットに連絡。「海南に残る父の自宅を活用して下さい」と申し出た。
ちょうど藤白神社の吉田昌生宮司や同ネットの木村哲也さんらが「打垣内さん、雑賀さんの功績を伝える記念館が地元にあれば」と話していたことから、打垣内さん宅を使わせてもらうことに。3月、有志で海南万葉の会を立ち上げ、本格的に動き始めた。
古代人の心 次代へ
現在、地域に残る雑賀さんの作品を探しており、子息が所有する作品や2人の愛用品などと共に記念館に展示する計画。また、打垣内さん宅近くの丘に、近畿大学の村瀬憲夫教授や紀伊風土記の丘の山元晃学芸員の協力で万葉歌に詠まれた植物を植え、「万葉の丘植物園」とする考えだ。
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雑賀さんの有間皇子画
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さらに11月7日(日)には打垣内さん宅や海南歴史民俗資料館、藤白神社などをめぐる海南万葉歴史ウォークを実施する。この日の最後にはきのくにミュージカルと劇団KCMによる奉納ミュージカル「有間皇子」を上演する。
打垣内さんの長男、尚雄さんは「雑賀紀光さんの長男の光夫さんと『互いの父が積み重ねてきたことを一度整理しなければ』と話していたところに、地元のみなさんから提案をいただいた。父もきっと喜んでいると思います」。海南万葉の会の東道事務局長は「万葉の人は草や木に人間と同じように魂があると信じていたことが万葉歌を見れば分かります。今の世の中は殺伐としていますが、二人の功績を通して、自然をいつくしむ万葉人の心を次世代の若者に伝えられれば」と願う。
雑賀さんの作品や打垣内さんにまつわる品の情報は東さん(073・478・2711、kiga@silk.plala.or.jp)へ。また、ミュージカル出演者とスタッフを募っている。
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