和歌山大学 土曜講座
本からひろがる世界

       
    ◇ふたつの詩
      経済学部 亀山幸枝准教授
 イギリスの詩人テッド・ヒューズに、「思考の狐」という短い詩があります。詩人は夜の孤独の中、詩を書こうとして、森の中でひそやかに動き、獲物に近づいていく一匹の狐を想像します。狐が次第に存在感を増し、ついに兎の穴にと思いきや、飛び込んだ先は詩人の頭蓋の中。それと同時に詩が完成しているという内容です。こんな風に説明すると、「それがどうした」と言われそうですが、ことばの芸術としての詩のエッセンスが凝縮されたような作品です。
 「思考の狐」が芸術作品として純粋さを極めた詩とすれば、その対極にあるのがアイルランドの詩人W・B・イェイツの「一九一六年復活祭」でしょう。
 1916年、復活祭のダブリンで、1200人ほどの義勇軍が、当時アイルランドを支配していたイギリスに対して蜂起しました。蜂起軍は一週間足らずで鎮圧され、15人の指導者が処刑されました。「一九一六年復活祭」は、その直後に彼らの死を悼んで書かれた詩です。
 蜂起の指導者の中には、詩人や作家、若い頃の友人、また愛する女性を横取りされた恋敵といった、イェイツにとって身近な人々がいたのですが、自分と同じく平凡な日常を送っていると思っていた、その人たちの行動と結末に、イェイツは強い衝撃を受けます。詩の最終行ともなっている「恐ろしい美が生まれた」というリフレインには、彼らを無謀な行いに駆り立てたかたくなな心への否認と、一方では祖国の独立という崇高な目的のために犠牲となったことへの感嘆という、相反する感情が込められています。
 アイルランドの歴史において、復活祭蜂起が、数百年に及ぶイギリス支配から脱する契機となった一大事件であることを考えると、「一九一六年復活祭」という詩は、少し大げさに言えば、トロイア戦争を歌ったホメロスの『イリアス』や、わが国の『平家物語』と同じように、いわば民族の歴史を語りつぐ役割を果たすことになるのかもしれません。(「一九一六年復活祭」は岩波文庫の『対訳イェイツ詩集』に収録)

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  和大とニュース和歌山は、毎月原則第一土曜に和歌山市西高松の和大地域連携・生涯学習センターで土曜講座を共催。次回は9月4日(土)午後2時、教育学部の天野雅郎教授が「読書、あるいは『臨死』の体験」と題し話します。

ニュース和歌山2010年8月28日号掲載