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(1)共通の課題 一緒に解決
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和歌山大学生涯学習教育研究センター長 山本健慈さん(58)
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-------人間関係が希薄化する「まち」に関し、大学教員、また、地域の実践者として取り組んでいます。
都会だけでなく、過疎の村落でもコミュニケーションが薄れています。人と人がつながらないのは「まち」でない。隣近所の共同体が崩れてきた今、様々な課題を語り合える関係を作ることが必要です。よく、「自己紹介から始まるまちづくり」と話すのですが、自分が抱える課題は、同じ時代、同じ社会に生きる他の人にも共有されています。課題を話し合うことで、助け合いが始まる。様々な助け合いが重層的になるのが「まちづくり」につながるのです。
-------公民館や保育所で課題解決の実践をしてきました。
貝塚の公民館でアドバイザーを務め、保護者としてかかわり始めた熊取の共同保育所では運営に携わりました。保育所なら「子育て」が共通項。悩みに一人で向き合うと苦しいですが、共有する他者がいると癒され安心を感じ、前向きのエネルギーが出てきます。
-------休日夜間や緊急時の保育など数々の課題に直面しました。
「実家の母親が倒れた」「息子に障害があるが、自分は働きにでなければならない」と悩みを抱えた人が来ます。職員にはどんなケースでも断らないようにしてもらいました。自分たちの保育所では面倒を見られないかも知れませんが、一緒に考えることはできますし、私たちにはネットワークも情報もある。保護者がよその子を預かったり、試行錯誤して解決策を模索してきました。
-------大学教員としてどんな取り組みを。
地域が抱える課題に、大学、つまり研究者が積極的にかかわることを進めています。昨年から地域生涯学習事業開発プロジェクトとして、地域の課題に向き合う自治体や市民グループ、NPOの提案を受け、そこに大学が参加する仕組みを作ってきています。参加するチャンネルを増やし、各テーマに沿い教員が参加する。実践を通し、市民には、自分の利益だけでなく共通の利益を実現する気持ちを持って欲しい。また、全国の大学には、「地域の課題へのかかわりが、これからの大学の役割」だと発信したい。
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(2)寛容の精神 紀伊山地から
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「熊野古道」を世界遺産に登録するプロジェクト準備会 小野田真弓代表(41)
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-------紀伊山地の霊場と参詣道が2004年7月、世界遺産に登録されました。
活動を始めたのが1997年。県が開いた和歌山をテーマにしたセミナーの参加者が「熊野古道を世界遺産に登録しよう」と活動を始めました。登録に向け文化庁や様々な資料から登録方法を調べました。現在は定期的に古道を歩くほか、紀伊山地の魅力を探るため、県外からの来訪者にその魅力を聞いています。
-------当時はまだまだ世界遺産は認知されていませんでした。
世界遺産自体あまり知られていないし、世界遺産に関する日本語の資料が少なくて大変でした。難しい活動の中、和大の小池洋一名誉教授の「熊野古道の世界遺産登録を」と書いたニュース和歌山のコラムに出合い、「これで間違いないんだ」と自信を持ちました。当時の知事も一緒に歩きに来てくれ、広く認知されるようになったのが大きかったですね。
-------活動には多くの若者が集まりました。
日本の世界遺産は当時、有名どころばかりで登録は夢のような話でした。一人のOLが言い出したその夢物語を多くの人が寄ってたかって実現してくれました。ちょっとしたスタートや一歩が、後に続く物事をどんどん変えてゆき、大きなことになるんです。「若い奴らでもこれだけのことができるんだ」ということを知ってほしい。
-------登録から3年。現在の課題は。
観光に来て景色や仏閣を見て帰ってしまう人が多い。もっと紀伊半島の多様な文化を受け入れる風土を知ってほしい。登録域には神道や仏教、拝火教など異なる宗教が生活文化に溶け込んでいて、共存しています。宗教や宗派、人種をそれぞれ受け入れられる寛容の精神は、世界平和を考える際の視点にもなります。観光の深みにある紀伊山地の魅力にふれてもらいたい。
-------今後の展望は。
「癒しの熊野」といわれるが、和歌山は薬物問題や不登校児が多い。このギャップの答えを見つけるため、熊野の魅力を知ってもらう方法を探りたい。全ての古道が登録されるまで“準備会”として活動していきます。
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(3)小さな積み重ねで広がる輪
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市民の力わかやま理事 糀谷昭治さん(62)
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-------住友金属から和歌山社会経済研究所に出向した99年以降、中心市街地活性化基本計画策定やまちづくり活動に参加しています。
事務局長を務める「和歌山市民アクティブネットワーク」は02年に発足しました。市街地活性化についてはワークショップなどを開いて問題点を確認し、将来像を描くところで終わり、とのケースが多い。その先へ進むため行動するグループをと立ち上げました。
-------行動力は欠かせません。
全国的に見ると、行動力があって人と人をつなぐリーダーのいるところは成功しています。長野県飯田市や滋賀県長浜市などです。湯浅町でも商工会の職員がリーダーになって、5年で50事業以上を積み上げ、目に見える形でまちが変わり、バラバラだった商店街や町屋の保存会、熊野古道研究会などが協力し始めた。まちがまた変わり、協力度が増し、さらにまちが変わる。この好循環で、年間26万人だった観光客が34万人に増え、今も増加中です。
-------NPO法人「市民の力わかやま」の理事も務めています。
当初の活動は「インターネット市民塾」。特技や知識を持った地域の人が“先生”となって教える。互いに学び合うことを通じて人が集まる。そんなかたちでコミュニティを再生しようと始まったんです。このほかにはイベント情報などを書き込めるHP「わかやまイベントボード」があります。和歌山にも様々な活動をする多くの団体があるが、どこで何をしているか互いに知らないことも。それらを一覧にしようと開設しました。
-------様々な団体の活動をコーディネートする人が必要ですね。
和歌浦で別々に活動していた団体が最近、交流し始めています。これまで点だった活動が地域ごとに連携する。そこに行政が支援し、地域運営してゆければ。あと、小さい事業でも継続すること。湯浅は醤油製造に使うせいろを額縁のように活用し、まちのあちこちにいろんなものを展示している。小さな取り組みも10、20と重なると、まちが変わってきたと住民が実感でき、「私も何かしよう」と輪が広がるんです。リーダーになる人は365日大変ですが、周りは自分ができることで行動するのが大切です。
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(4)もっと身近なNPOへ
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NPOサポートセンター長 島久美子さん(51)
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-------指定管理者制度により、県のNPOサポートセンターの運営が民間のわかやまNPOセンターに移行して1年が経過しました。
とにかく「来やすく、利用しやすい施設に」との思いでスタートしました。同じ民間のNPOとして同じ目線で迎えられることが、行政との最大の相違点です。昨年度の利用者は前年比25%増。数字だけでは判断できませんが、民に替わったことがプラスだと捉えていただいた結果だと思います。今は毎月約600人にご利用いただいています。
-------会議室やパソコンなど機材利用提供のほか、様々な相談も受け付けていますね。
事業報告書や法人申請の書類作成に関する相談が最多です。昨年後半から活動のPR法や資金対策など、運営に関わる相談が増えました。今年度は一歩前進して「利用されるサポートセンターから、役に立つサポートセンターへ」をモットーに、ソフト事業の充実を図っていきます。
-------具体的にはどのように。
NPO実践講座は昨年度も行いましたが、この4月からは講座後にフォローアップを設けました。実際の作業段階も一緒に取り組む試みです。昨年11月から今年1月にかけて、県内172のNPO法人に訪問インタビューを実施し、具体的な活動内容や悩みなど、本当のニーズを直接受けとめました。フォローアップもそこから生まれたのです。
-------今後NPOはどんな役割を果たしていくでしょうか。
私自身30年以上NPOで活動していますが、決して特別な人が特別なことをしているのではありません。江戸時代に地域文化の担い手だったお寺や寺子屋の延長にあり、皆で支え合うとの考え方は同じなのです。阪神・淡路大震災時、ボランティアの力が世間と国に認められ、1998年、現場の声を吸い上げた特定非営利活動促進法が成立。ようやく活動しやすい環境が整い始めました。行政、企業、NPO=市民がそれぞれの役割をバランス良く担えれば、社会の発展に繋がります。NPOが地域のパートナーとしてもっと身近な存在になるよう努力することが私たちの務めだと思います。
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(5)時間をかけ 良いまちを
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和歌山大学経済学部准教授 足立基浩さん(38)
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--------研究、実践の両面から、まちづくりにかかわっています。
専門は都市再生です。不動産の有効利用を考える事で、土地問題がまちづくりに密接に関係すると実感しました。経済学は医学に似ています。薬や手術で治療するように、空き店舗増や若者の就職難といった課題を、経済政策により解決するからです。住民が主体となり未来図を描き、行政と協働しながら取り組むことが重要です。
--------活性化を考える各種ワークショップに参加してきました。
調査、研究はどんどんやり、和歌山市の中心市街地活性化基本計画策定には委員長としてかかわりました。ここで、「アイデアは出るが、実行部隊が不足」と痛感しました。でも、そこから課題が見え、市民提案事業など、行政が資金援助をし、市民が動くスタイルにつながったと思います。
--------2年連続で自らオープンカフェに取り組みました。
策定委員会で提案されたのを機に、学生と地元NPOのコラボレーションにより実現しました。2005年秋は雑賀橋、06年秋は京橋と片男波で実施し、集客力や回遊性を調査し、まとめました。
--------なぜ、中心市街地なのですか。
歴史、伝統、文化、街並みを次の世代に継承することが大切だからです。特に、ぶらくり丁は準公共財。多くの人が思い出や愛着を持っています。この思いを「センチメンタル・バリュー」と名付けました。開発ありきでなく、既存のまちを使いながら残すのです。
--------実践の手応えは。
あります。空き店がうまり始め、良くなって来ています。和歌山市の人口規模では、やりたいことがあり実際に動けば、いろんな人から反応がはね返ってきます。
--------将来展望は。
産業面や、市の多額の負債など問題はありますが、和歌山市は住み良い楽しいまち。それに気づいてもらうには、例えば、小中学校の授業でまちの良さを伝えて潜在的まちづくり人口を増やす。そうすれば、将来出て行っても、「帰りたい」と思うきっかけになる。大切なのは、良い面を見て建設的な意見を出し、実行に移すこと。ゆっくり時間をかけ良いまちをつくってゆきましょう。(今回で終了します)
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