不自由な両手の代わりに、足の指で巧みに鉛筆を操り、似顔絵を描いて笑顔の輪を広げる女性がいる。紀の川市の橋本己容子(きよこ)さん(60)。4月から障害者や高齢者のデイサービス施設「はっぴー&はーとⅢ」(和歌山市布施屋)に通い、懸命に描く姿が利用者たちの励みになっている。「我流で技術はまだまだですが、皆さんの笑顔がやりがいです。ゆくゆくは絵の教室で本格的に学びたい」とほほえむ。

両手まひの橋本己容子さん 足で鉛筆使い高齢者ら描く

 足の指でカバンを開き、スタンドに立てたスマートフォン、スケッチブックを低いテーブルに用意する。スマートフォンの画面には、はっぴー&はーとⅢの利用者の笑顔。完成まで約2時間、じっくり画面を見ながら鉛筆を握る。「輪郭や目鼻立ちはその人の印象を左右する。特に気をつけます」

 橋本さんが障害を負ったのは生後間もなく。予定日より1ヵ月早く生まれ、黄だんと高熱で急ぎ病院へ運ばれたものの、脳性小児まひで言葉や手などに障害が残った。小中学校は和歌山市の愛徳整肢園で学び、足で身の回りのことができるようリハビリを受けた。

 32歳で結婚。実母から障害を理由に不妊手術を勧められたが、子どもを産みたい願望は強く、2人の男の子に恵まれた。両足で子どもを挟んで座らせ、おむつ交換も足指でこなした。足が不自由だが手を使えた夫が入浴を担当し、夫婦で子育てに奮闘した。「親に反対されていたため、意地でも自分たちで育て上げる覚悟でした」

 次男が小学校へ上がる直前、夫が肝臓がんで他界。足で操作できるよう改造した電動カートで買い物に出かけ、料理を作った。落ち込む間もなく家事と育児に追われても、授業参観は欠かさず、自分が教えられない鉛筆の持ち方はペン習字教室で身につけさせた。

 3年前、利き足の右足首を骨折し、文字や絵を描くリハビリを受けた。それまで絵はほとんど描かなかったが、自己流で犬や植物をモデルにするようになった。

 足の親指と人差し指で鉛筆をつかみ、慎重に紙の上を走らせる。色鉛筆も駆使し、色の濃淡でしわや影など顔の凹凸を表現する。描いてもらった増尾勝弘さん(52)は「皆の顔の特徴をしっかりとらえていて、思わず笑顔になる」、土井秀子さん(83)、堀静子さん(90)は「歳と共に体が動かなくなり、気力も落ち気味でしたが、橋本さんの話を聞くと、まだまだ頑張れると奮起します」と笑う。

 中出光男施設長(69)は「五体満足でも日常に不満を漏らす人、自殺する人、障害のある子を見捨てる親と色んな人がいます。橋本さんの生き方を知り、懸命に描く姿を見ればきっと生きる勇気がわいてきます」。橋本さんは「4歳と7歳の孫の成長が何よりの楽しみ。成長を描き留めてゆきたい」と目を輝かせている。

(ニュース和歌山/2018年6月9日更新)