世界リゾート博、丸正倒産、紀伊半島大水害と様々なことがあった平成の30年間。ラストイヤーにあたり、これらの出来事を振り返り、読者の思い出を紹介します。四コマ漫画「和歌山さんちのハッサクくん」で当時の世相もお楽しみください。

 

大成功収めた世界リゾート博

 「21世紀のリゾート体験」をテーマに平成6年7〜9月、世界リゾート博がマリーナシティで行われた。多彩なパビリオンや充実した夜間イベントが受け、72日間で県内外から300万人を集めた。

 毎日のように訪れた和歌山市の寺尾圭子さん(57)は「お祭り気分でわくわくしながら自転車で通いました。カヌーをこいだり、クルージングに参加したり、楽しい思い出がいっぱい」。同市の浦川克美さん(51)は「結婚する前の年で、妻とデートによく行った思い出があります」。

 マスコットキャラクター、ワックンを印象深く覚えている同市の辻祐希さん(39)は「とにかく人だらけだった。オレンジ色のクジラ、ワックンがキュートでお土産に買いました」と懐かしむ。

写真=連日多くの人が詰めかけた

和歌浦で景観論争

 和歌浦のシンボル「不老橋」の東隣に「あしべ橋」が平成3年3月、完成した。建設にあたり、歴史的景観を守ろうとする住民らが反対。景観論争は法廷まで持ち込まれた。地元の写真家、松原時夫さん(78)は「橋はかかってしまいましたが、景観に対する市民の意識が高まり、神社の修繕が進むなど和歌浦は良くなった。生み出されたものは大きかった」と振り返る。

写真=建設中のあしべ橋(松原さん提供)

 

読者の思い出

・世界リゾート博、神戸より早くルミナリエを始め、とても感動しました。加山雄三さんも来られて楽しみました=海南市 川端雅子さん(65)

・同級生がリゾート博のコンパニオンになった=岩出市 坂美希さん(51)

・パスポートを買って何度も世界リゾート博へ行き、とても記念になりました=紀の川市 中原康裕さん(38)

・特急くろしおが平成元年に京都・新大阪への乗り入れを始め、東京が近くなりました=和歌山市 志茂雅哉さん(58)

 

丸正にビブレ 相次いで閉店

 平成13年2月26日、和歌山市本町の百貨店「丸正」が和歌山地裁に自己破産を申請し、倒産した。

 明治に松尾呉服店として出発した丸正。空襲で焼けたものの戦後に復活し、高度成長期ににぎわった。同市の西瀬裕子さん(62)は「地下の回転焼き、冷やし飴が楽しみだった」、同市の有本喜美子さん(76)は「よそ行きの服でぶらくり丁に行くのがうれしかった」、同市の山﨑和子さん(58)は「競書会の作品を見て、5階でおもちゃを買ってもらった」と記憶に刻まれている。

 ビルは平成2年に135億円を投じ新装。当初は好調だったが、バブル崩壊で状況が一変、テナントが空き始めた。丸正発行の全国百貨店共通商品券の取り扱い停止で倒産のうわさが駆け巡り、商品券を持った客が押し寄せた。メーカーも出荷を控えたため、商品棚が閑散としていったが、それでも商品券を手にした客は絶えず、愛された老舗百貨店は無惨な結末を迎えた。

 この影響は大きく、13年にビブレ、14年は長崎屋が閉店、中心市街地は大きく陰った。

写真=新館に工事中の丸正

W杯でデンマーク来和

 平成14年5〜6月に日韓合同で開催されたサッカーワールドカップ。デンマーク代表が和歌山市の紀三井寺公園にキャンプを張り、練習や紅白戦を公開したほか、県民との親ぼくを深めた。

 私設応援団、和歌山ローリガンズを立ち上げた新家兄璽さん(56)は「昨年のロシアW杯は東京のデンマーク大使館から声援を贈りました。今後も応援し続けます」。17年前の縁を今も大切にしている。

 

読者の思い出

・丸正の大食堂でご飯を食べるのがなによりの楽しみでした。閉店は、一つの時代が終わったと感じました=和歌山市 福井照子さん(69)

・和歌浦のロープウエー廃止を機に和歌浦の衰退が加速し、旅館やかまぼこ業者の廃業が相次いだ=和歌山市 小池和美さん(69)

・毒物カレー事件。同い年の子が亡くなったと知り衝撃でした=和歌山市 中谷真梨子さん(36)

・当時、園部に住んでいたので、毒物カレー事件を忘れることができません。長男の友達が入院、知人が死亡し、他府県ナンバーの車によく道を聞かれました=和歌山市 沼田博美さん(61)

 

貴志川線存続へ和歌山電鐵始動

 平成18年4月1日午前5時、貴志駅で行われた出発式は多くの人でにぎわった(写真)。存続が危ぶまれてきた貴志川線はこの日から、岡山電気軌道を親会社とする和歌山電鐵が運営を始めた。

 南海電鉄が赤字を理由に貴志川線から撤退──。平成15年11月の報道で、沿線を中心に動揺が走った。平成16年には市民グループ「貴志川線の未来を〝つくる〟会」が立ち上がり、利用促進運動を展開した。引き継ぎ後、三毛猫のたま駅長が国内外で知られるようになり、平成18年にいちご電車、平成19年におもちゃ電車、平成21年にたま電車、平成28年にうめ星電車と企画電車が走り始めた。

 和歌山市の山田洋梨子さん(50)は「たま駅長が有名になって、廃線の危機を救ってくれた」と感謝。沿線で暮らす馬場秀代さん(60)は「廃線の危機があったとは思えないくらいカラフルな電車に外国人が乗っている。平成の時代の移り変わりを感じます」。同市の北村千珠さん(54)は「廃止、閉店などが相次ぐ中、町の中をたま電車が走っているだけで笑顔になれる」と喜んでいる。

熊野古道 世界遺産に

 和歌山、奈良、三重にある3霊場(熊野三山、高野山、大峯)と参詣道が平成16年7月、「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界文化遺産に登録された。

 平成9年、県が開いたセミナーに参加した青年が「熊野古道を世界遺産に」と提案。勉強会の開催や行政への働きかけが実り、平成12年に県が専門の担当室を設置し、現地調査などを経て実現した。

 登録後、県内外の人にその価値が知られるように。和歌山市の今井敏之さん(59)は「世界遺産に登録され、改めて私たちが素晴らしい地域に暮らしていると感じました」と故郷への愛情を深める。

読者の思い出

・昔からの映画館が全部なくなってしまったこと。10年と言わず、この先どうなっているのやら=和歌山市 井上雅文さん(54)

・学校の統合が多く、自分の卒業した中学校や高校がなくなってしまい、寂しく感じています=和歌山市 武本早紀子さん(57)

・たま電車やおもちゃ電車と、発想がびっくりする企画。現在も引き継いでいることが素晴らしく、これからも色々な電車があると良い=和歌山市 河渕紗千子さん(39)

・高野山の麓で生まれ育ったので、世界遺産登録はうれしかった=和歌山市 中西恵子さん(38)

 

震災や紀南水害 高まる防災意識

 平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災と巨大災害が相次ぎ、防災意識が高まった。県内でも平成23年に紀伊半島大水害に見舞われ、56人が命を落とした。

 阪神大震災当時、妊娠中だった紀の川市の田中佳代さん(50)は「タンスが倒れてこず、良かったと思ったが、テレビで被害を目の当たりにして、被災者や今後の対策を考えさせられた」と振り返る。

 紀伊半島大水害では海南市の木下勘紀くん(12)は「当時新宮に住んでいて、自衛隊の人が助けてくれて、水をもらいました。優しくしてくれた分、返そうと思いました」、和歌山市の大石喜代子さん(70)は「子どものころ経験した、伊勢湾台風で家が流された記憶がよみがえりました」。また、紀美野町の森田眞由美さん(57)は「改めて自然の怖さと、自分の身は自分で守ることの大切さを教えてくれた」と備えの重要性を再認識している。

写真=はん濫した日高川(和歌山県提供)

44年ぶりの国体

 昭和46年の黒潮国体以来、44年ぶりに和歌山で開かれた「紀の国わかやま国体・大会」が平成27年9〜10月、和歌山市の紀三井寺陸上競技場などで開かれた。

 国体全競技の成績を都道府県別で競う天皇杯で、県勢は2257点の1位、女子選手の成績で競う皇后杯は999・5点で東京に次ぐ2位だった。開会式を観覧した竹中美知子さん(83)は「両陛下のお姿を見られ、坂本冬美さんの歌、ブルーインパルスの飛行など素晴らしかった」。県民に多くの感動を届けた。

 

読者の思い出

・昭和の黒潮国体は幼稚園の時にセレモニーで踊り、平成のわかやま国体は高速道路の建設に携わりました=和歌山市 大田久さん(54)

・国体で、家の近くの道路が整備されて便利になりました=和歌山市 高木和美さん(46)

・昨年の台風で停電した時、普段ある当たり前のことのありがたさが身に染みて分かりました=和歌山市 嶋村三智子さん(76)

・イオンモールができ、生活スタイルがガラッと変わりました=和歌山市 田渕梢さん(39)

・白浜のパンダの赤ちゃん誕生! 和歌山と言えばパンダです=和歌山市 沖平まゆみさん(59)

(ニュース和歌山/2019年1月3日更新)