500gou- 政治、文化、経済、まちづくりと様々な情報を届けてきたニュース和歌山。創刊時から近年まで姿を変え続いてきたコーナー、企画があります。5000号を記念し、座談会、皆さんコーナー、漫画の変遷をたどります。

 

女性、経済、明治気質 テーマ多彩に座談会

20170121-4a 座談会が最初に登場するのは1964年12月8日発行の創刊号。本紙創業者の小川伊三郎を司会に財界人が人間形成を語り合った。2号では女性8人がし尿処理や教育で討論。「親の教育をやりなおすべき」と昨今も耳にする意見が見える。

 60年代には異色の座談会が二つ。68年1月7日号では「明治百年目」(写真左)とし、明治生まれの5人が明治気質を議論した。先の大戦は、上の人に従うべしとの明治人の観念が弱点となったと顧みる声が出た。

 もう一つは65年3月7日号で、当時、「トルコ風呂」をうたった店が和歌山に進出し、働く女性4人がサービス内容や客について語った。事業者は「女性のお客様歓迎、家族連れで来て頂くことを計画している」と健全さを強調し、理解を求めている。

 70年1月8日号では「大型スーパー進出に向けての座談会」と県外スーパーの地元進出ついて賛成派、反対派が激突。その後、釣り、健康、映画と豊かな時代を反映し、レジャーを話題にすることが増えた。

 直近の座談会は、2012年1月3日号。前年の東日本大震災、紀伊半島大水害にボランティアとして赴いた若者たちが自らの経験と思いを熱く語り合っている。

 

縁談からファミコンニーズ拾う「皆さん」

 本紙といえば「皆さんコーナー」との方も多い。原形は68年9月1日号の「日曜夕刊サービス案内」にさかのぼる。「譲りたし」には「アマチュア無線用受信機」「貸本むきまんが、大衆小説」。すべて無料掲載だが、1年で終わった。

 72年に「皆さんの無料相談コーナー」ができる。当時は「縁談」が多く、同年7月9日号には33歳で7歳の子どもを持つ女性が、夫の暴力で離婚し、時々子どもが父親を欲しがり、心を痛めていると事情をつづっている。73年4月15日号の「譲って下さい」には「中古の五衛門風呂を」。同号の「呼びかけ」に「昭和19年に沈没した軍艦大井の乗組員遺族の皆さまに当時の様子お知らせします」と戦争の影もみ20170121-4bえた。

 家庭教師、ペットと分野を増やし、75年に「皆さんの広告コーナー」として有料コーナーが誕生。求人、物件と応募が飛躍的に伸び、77年には4ページの号も。当時は有料の「車譲ります」が多く、セリカ、スカイライン、サニークーペと往年の車名が並ぶ。

 「皆さんコーナー」の名は79年10月28日号から。80年代には、録画したテレビ番組のダビングの依頼、バンドメンバーの募集、またファミコンソフト増加を受け、「コンピューター情報欄」が別枠で設けられ、人気に。ドラゴンクエストなどソフトが多数扱われた。

 2000年ごろ、アルバイトで家庭教師を望む学生からの応募が多く、02年8月10日号は1ページの半分を「家庭教師」が占めた。その時代の〝皆さん〟の姿を紙面は映し出している。

写真=80年代はファミコンソフトで1ページに及んだ

 

著名な漫画家も日常や時事ネタ

20170121-4c20170121-4d 66年2月6日号で本紙初の4コマ漫画、水原テルオ『ピーピー君』がスタート。続いて69年4月6日号から木村清『日旺奥さん』が始まった。マイホームや家電と豊かになる暮らしを背景に、登場人物の日常がコミカルに描かれた。72年からは水原輝雄の『ホームさん』が1年間、連載された。ほか一コマ諷刺漫画も不定期で載った。   

 70年代には、根本進の『ララ子ちゃん』、石ノ森章太郎の一コマ漫画『ピン子レディ』、テレビ番組で人気だった富永一朗の『ジン太の日記』と一線の漫画家の作品が載った。経緯は不明だが、『ピン子〜』『ジン太〜』はお色気漫画で、今なら掲載がためらわれる内容も多い。

 1989年3月15日号には『和歌山さんちのハッサクくん』が初登場。今号で1406回を重ね、本紙の欠かせない顔となっている。

(ニュース和歌山2017年1月21日更新)