おはなし一輪
郷土の未来を思う心意気
       

 私は父から曾祖父貝 兼蔵の話をよく聞かされていました。兼蔵は嘉永
4年(1856年)に下神野村箕六(現・紀美野町)に生まれた農民です。当時、耕地が少なく、その上水不足は甚だしく、水の安定確保は村人の悲願でありました。そこで兼蔵は60歳の時、天拝峠の水路トンネル貫通が必須であることを村人に提案しましたが賛同を得ることができなかったようです。兼蔵は自分の檜木山を手放し人を雇い、難事業の末3年後に50メートルのトンネルを貫通させました。そして全長4キロにわたる灌漑用水路を完成させたのです。
 用水路は貝 用水と呼ばれ、今も神野市場の田に「命の水」を運んでいます。神野橋のたもとに記念碑が建っています。紀美野町の社会科副読本にも掲載され、地元の子どもたちに兼蔵の業績と心意気が紹介されています。
 ところで、この兼蔵の公への奉仕と郷土の未来を思う心は、現代人にとって今最も必要とされるものではないでしょうか。
 兼蔵の足跡をたどることによってそのことを実感してほしいと思い、貝
用水の清掃ボランティアを呼びかけました。
 和歌山工業高校のラグビー部と橋本高校硬式野球部が応じて下さり、今夏7月末に計60人の高校生が草刈り、土砂上げなどに汗を流しました。その後、地元の方の案内で棚田や用水路トンネルの入り口など見学し、貝 用水が現代でも立派に役立っていることの説明も受けました。
 当日、60人の高校生の声が野上谷に大きくこだましました。私は若人が汗を一杯かきながら、草を刈る姿に「兼蔵の心と高校生たちの心が100年の時を超えて響きあった」ような気がしました。短歌を2首つくりました。
・曾祖父の熱き心に 出会わむと 若人の群れ 用水に向かう
・野上谷に 高校生の声響き貝 用水清掃つづく

(和歌山市 貝尻加寿代)

写真=ボランティアしてくれた若人