平成世代 夢の途中
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 若き挑戦者の情熱に驚かされることがある。若き挑戦者の汗に元気をもらうことがある。若き挑戦者の笑顔に未来を感じることがある。
 芸能界で自らの可能性を追求する者、あこがれだったプロ野球の世界で200勝を夢見る者、世界大会出場をステップにプロサッカー選手への飛躍をめざす者、大衆演劇界にその名を残すべく心と芸に日々磨きをかける者。
平成諸君! 挑み続ける者が道をつくる。挑み続ける者に限界はない。挑み続ける者は強い。大きな挑戦を始めたばかりの和歌山発“平成ジェネレーション”。勇気を持って、自分を信じて。夢に向かって、ゴールで待つ“新たな自分”に向かって・・・。
夢に向かって真っ直ぐ勝負
ドラフト2位で巨人入団 宮本武文さん(18)
 184センチの恵まれた体を大きく使い、左オーバーハンドから146キロのストレートを投げ込む。カットボール気味とカーブのように大きく曲がる2種類のスライダーに、スクリューボールもある。いずれも決め球に使うが、気持ちが盛り上がるのは、「やっぱりストレート」。中でも、「右バッターのひざ元にクロスに入るボールで見逃し三振を奪ったときが一番」と目を輝かせる。
 昨年のドラフトでジャイアンツから2位指名を受けた。どこでも行くつもりだったが、「巨人に行きたい」との思いはあった。
 幼いころは阪神が好き。目標をプロに定めた中学生のころから意識が変わる。「巨人は人材が豊富で、上(1軍)に行きにくい。だから入りたい」と思った。「巨人で上に行けたら、どこでも通用する。そんなピッチャーになる」と心に秘めているからだ。
 和歌山市の大新白鳩クラブで野球を始めた。荒れ球ながら、ボールに力がある。硬式チーム和歌山シニアの小畑高準監督の目にとまり、城東中時代はシニアでプレー。全国大会に2度出場し、全日本選抜チームの一員としてメキシコの世界大会にも出た。小畑監督は、「中3で135キロぐらいは出していた。当時からプロを意識していましたが、とにかく負けん気の強さは、今まで見てきた中でも一番」。
 高校は、投手育成の評判を聞き、「プロへの夢をかなえられる」と、故郷を離れ倉敷に進む。1学年上に日本ハムに入った津田大樹投手がいたため、エースになったのは2年秋から。残念ながら、最後の大会も準決勝で敗退し、高校時代は甲子園に手が届かなかった。
 それでもMAX146キロには全球団が注目。同校の山本せき監督はしなやかさを評価したうえ、「いまの3ランク上の練習をすれば、150キロは必ず投げられる。3年すれば、ローテーションの一角もあり得る」と期待をかける。
 もちろん、自らも現状に満足はしていない。「自分のボールは、ただ146キロの真っ直ぐなだけ。切れも無い。中身はまだまだ」と分析する。
 理想は、阪神の藤川球児投手のように「真っ直ぐと分かっていても打てないピッチャー」。それには、「実際の球速より、バッターの体感速度をいかに上げるかが大切」と理解している。理想を現実に変えるには、「下半身、上半身の強化。それに、良いときは良いけど、ダメなときはドーンとダメ。精神面を強くしないと…」。
 先発完投へのこだわりは強い。その上で、目標は大きく「200勝」。第一歩を踏み出す今年、テーマに掲げるのは「自分に勝つ」。
 自らの課題を自覚した人一倍の負けず嫌い。夢に向かって動き始めた。
今だからできることを
歌手、女優として活躍 岡本玲さん(17)
 小中学生向けファッション雑誌「ニコラ」のモデルとして全国のティーン世代から支持を集め、表紙を飾った回数は新垣結衣や沢尻エリカを上回る歴代1位。昨年、ニコラを卒業し新たなステージへ。3月にCDデビューを果たし、夏には主演映画「憐〜Ren」が公開。12月から始まり、現在放映中の携帯小説「赤い糸」のドラマと映画に出演する。「昨年は初めてのことが多く、緊張ばかりでしたが、今年は一つひとつ楽しんで、素の自分を解放して表に出せる年にしたい」とさらなる飛躍を誓う。
 デビューシングルは自ら作詞し、ギターにも挑戦した。発売を記念して全国26カ所で握手会を開き、生まれ育った和歌山でも、約300人を集めた。「たくさんの人に支えられていると実感し、自信にもつながりました」。12月に発表したファーストアルバム『ザッツ・ガールズ・ライフ』には和歌山への思いを込めた1曲『マイ・スウィート・ホーム・タウン』を収録。「地元の友だちとメールしたり、母が送ってくれるみかんや桃で和歌山を思い出します。東京で暮らし始めて、家族や友だち、和歌山で応援してくれる人たちの優しさを実感し、感謝の気持ちを歌詞に込めました」。ふるさとへの思いを「自分の考え方や感性を育ててくれたのは和歌山。いつか故郷でライブを開きたい」と話す。
 「色々なことに一歩踏み出せたスタートの1年」と振り返る昨年は、音楽にとどまらず、映画、ドラマなど活躍の場を広げた。恋愛やDV、ドラッグなど現代社会が抱える悩みに翻弄されながらも、“運命の赤い糸”を信じて純愛を貫く若者の切ない恋物語を描いた「赤い糸」では主人公の親友、山岸美亜役を演じ、「約8カ月に渡る長期撮影のため、初対面で共演する皆さんと早く打ち解けられるようにUNOをして緊張をほぐしました」。アドリブも求められ、「一つひとつのシーンが全て印象深い」と振り返る。「メールやインターネットが広がって、直接相手にどう伝えていいのか分からずにすれ違う姿に共感しました。リアルな学生の気持ちを表現しているのでたくさんの皆さんに共感して欲しい」と笑顔をのぞかせる。
 撮影やレコーディングも納得できるまで何度もスタッフに頼む。「一生懸命作った作品を見たり聞いたりしてくれた人から『元気が出たよ』『笑顔になれた』との言葉をもらうと、頑張ってよかったと感じます」
 高校3年生になる今年、「徐々に将来像の輪郭は見えてきていますがまだまだ。自分の可能性を決めつけず、今だからできることにもっとチャレンジしたい。『大人ぶってないね』と言われるよう、今のリアルな自分を大切にしたい」。内に秘めた可能性を探り挑戦を続ける17歳の瞳は希望にあふれている。
日本代表の誇りを胸に
サッカーU17W杯出場めざす 嘉味田隼さん(16)
 「マーク離すな!」「今のプレー、ナイス!」「よーし、もう1点。流れあるぞ!」。Jリーグ・ヴィッセル神戸の下部にあたるユースチームの試合、緑まぶしい芝のピッチに、最後尾から声を響かせる。試合状況を見ながら味方にポジションの指示を、鼓舞する掛け声を、そして流れを呼び寄せる雄叫びを、90分間惜しみなく送り続ける。
 小学1年で和歌山市の木ノ本ジュニアサッカークラブに入った。ゴールキーパーを始めたのは四年生の時。「こわいコーチに言われて、『しゃあないなぁ』って感じで」。中学に進み、和歌山ヴィーヴォに入ると、同級生にキーパーが4人いた。監督から「キーパーは2人でいい。自分たちで決めろ」と言われた。「キーパー以外はしたくない」。譲れないこだわりが芽生え始めていた。
 翌2005年6月、転機が訪れた。日本サッカー協会が全国の優秀な選手を集めて行う講習会、ナショナルトレセンのメンバーに選ばれ、将来の夢に“プロ選手”を意識し始めた。同じころ、ヴィッセルユースから声がかかり、高校進学を機に神戸で新たな生活をスタートさせた。
 昨年6月、練習を終え、夜、寮に帰ったところに、監督から電話があった。「16歳以下の日本代表に入ったぞ」。年代別とはいえ、“日本代表”。最初は信じられなかった。代表の誇りを胸に、ウクライナで開かれた国際大会に出場。続く八月の豊田国際ユース大会も招集され、優勝に貢献した。
 直後、右ひざに痛みが走った。2度の手術を経て復帰し、今年7月、16歳以下日本代表に名を連ねたが、強化合宿中にケガが再発した。10月にウズベキスタンで開かれた16歳以下アジア選手権は日本から見守った。「勝ってくれ」と願いながら、インターネットで結果を確認した。仲間はベスト4に進出、今年行われる17歳以下ワールドカップ(W杯)出場権を手にした。
 足の状態が良くなってきた12月、16歳以下代表候補に復帰。今年10月の17歳以下W杯も視野に入ってきた。ヴィッセルユースの末廣亮介コーチは「技術はまだまだだが、気持ちの部分は強い。強い気持ちを持っていれば、将来は年齢制限のないフル代表の可能性もある」とエールを贈る。
 本人も日本代表の夢はしっかり持っている。「今、駒野友一さんが代表にいますが、僕ら若い世代が頑張って有名になることで、和歌山を元気にしたい。そんな思いはあります」と頼もしい。そのためにもまずは今年の17歳以下W杯だ。「チームとして一つでも上に。国内だけじゃなく、世界のレベルを知ることは、これからサッカーする上で大事だと思うから」
 W杯のピッチで守備陣のタクトをふるう日は遠くない。
踊りに歌に 舞台に思いこめ
劇団侍 皐月歩歩さん(17)、小馬さん(15)
 涙と笑いの人情芝居に妖艶な舞踊、歌謡ショーに迫力満点の太鼓演奏と多彩な演目で観客の目を釘付けにする。家族4人でつくる日本一小さな大衆演劇の「劇団侍」で、ひときわ大きな拍手を集めるのが、姉の皐月歩歩さんと弟の小馬さんだ。
 大衆演劇の役者をしていた父、竜馬さんが侍を立ち上げたのが2003年夏。07年には大阪から和歌山へ拠点を移し、全国で公演を重ねる。
 侍旗揚げ前から、姉弟とも父が出演する舞台にゲストで立った経験は多少あった。特に小馬さんは両親も驚くほど化粧映えする顔立ちで、普段はおとなしい性格が舞台では一変。度胸、目力、そして色気あふれる舞いで観客を魅了していた。
 侍初公演は100人を超える客を集める大盛況。しかし、直後の第2回公演で事件が起こった。舞台は佳境のラストショー。客席後ろから登場することになっていた姉弟が準備していると、一人の女性が声をかけてきた。「弟は上手いけど、姉は舞台に立つな。客に失礼だ」
 翌朝、その女性に出くわした。竜馬さんは言った。「子どもでもプロだから、指摘は仕方がない。しかし、役者を育てるのも客。大人としてこれからの子どもを育ててあげる言い方があったんじゃないですか」。父の言葉が歩歩さんの心に響いた。その日から部屋に一人こもり、稽古に打ち込み始めた。3年がたったころ、父に言葉をかけられた。「3分間の踊りに一つの物語が感じられるようになってきた」。初めてほめられた。
 一方の小馬さんは、大衆演劇ファン一番のお目当て、女形での舞踊もこなし、客の視線を最も集め続けていた。天才肌とも称されたが、本人は冷静だった。「なぜみんなこんなに喜んでくれるのだろう?」。大きくなる姉への拍手を感じ取り、危機感を抱き始めていた。
 一昨年暮れ、コブクロの『桜』で舞いを披露した。今は別の劇団で活躍する兄、津川隼さんがステージで歌っていた曲だった。同じ舞台に立ったことのない兄を思いながら踊った。客はみな泣いていた。「お客さんは、僕が兄のことを思いながら踊っていることは知らないはずなのに」。気持ちを込めて踊れば何かが伝わることを、涙が教えてくれた。
 今年春には小馬さんが中学を卒業、4人そろって舞台に集中できるリスタートの年だ。歩歩さんは「男役などいろんなことに挑戦したい。大きな舞台に立ちたいし、テレビドラマにも出たい。めざすは世界中の人に知ってもらえる女優です」と自慢の笑顔をさらに輝かせる。小馬さんも夢をふくらませる。「もっと稽古して姉を抜き返す。将来は父も抜いて、自分がこの世を去った後も名前が残る、そんな役者に」・・・
 一回一回の舞台が伝説の一ページ。2009年、新たな幕が上がる。
2009年1月3日号記事