ニュース和歌山が伝えた半世紀 ⑦1970年(昭和45年) 世界の熱気感じる万国博覧会 会場で彩った企業や合唱団
 

箕島高、春夏制覇おめでとう

 第61回全国高校野球選手権は、われらが郷土の代表箕島高校が幾多の劇的ゲームを展開、センバツに続いて春夏連続優勝という高校球史3度目の偉業を達成した。特に3回戦、石川代表・星稜との死闘はファンのド肝抜く執念野球を発揮してくれた。 (1979/9/2)

試合終了後、健闘をたたえ合う箕島、
星稜の選手たち

 〝最高試合〟〝神様が創った試合〟……。8月16日、甲子園を舞台に繰り広げられた箕島─星稜戦は、今なお様々な表現で語り継がれる。伝説となったこの一戦、両チーム譲らず、1対1で突入した延長戦に数々のドラマが待っていた。

12回裏 狙った本塁打

 「普通の試合はグラウンドでの記憶が思い出に残るのに、星稜戦は後からテレビで見た記憶がほとんどなんです」。箕島主将の上野山善久は3日前から高熱に苦しめられていた。当日は解熱剤が効き平熱に戻ったが、その効果は試合が進むにつれて切れ、延長に入ってから2度、吹き出す鼻血をベンチでぬぐった。
 断片的にしかないグラウンドでの記憶のうち、鮮明なのが12回表、セカンドを守る自らのエラーで勝ち越し点を許したシーンだ。「頭は真っ白でした」。それでも1失点で踏みとどまり、ナインが戻ったベンチ。「善久、気にすんな」「ドンマイ、ドンマイ」。まだ誰も諦めていなかった。
 しかし、その裏の攻撃も2死走者なし。続く打者の嶋田宗彦は打席に向かわず、ベンチに戻ってきた。「ホームラン狙ってもいいですか?」。監督の尾藤公は「よし、行け!」と送り出した。2球目、嶋田の打球がレフトのラッキーゾーンに飛び込むのを見届けたエース石井毅(現・木村竹志)は、なお続く死闘に備え、投球練習を始めた。その石井に、尾藤は「ふんばれよ」と声をかけた。

16回裏 2度目の奇跡

 16回表、箕島は1点を失い、3度目のリードを許した。球数が200球を超えた石井の中指は血マメがつぶれていた。その裏、4番からの好打順も簡単に2アウトとなり打席には6番森川康弘。初球をとらえた打球は1塁側ファウルゾーンに力なく上がった。
 石井は「終わったと思った。試合後のあいさつに向かうため、ベンチから足を出しました」。次の瞬間、星稜の1塁手が転倒し落球。直後、練習試合でもホームランを打ったことのない森川が左中間スタンドへたたき込んだ。「嶋田の打球は『入る』と思った。森川の打球は『入れ!』と祈った」。石井の思いは届いた。
 回は進み18回。当時の規定ではこの回終了時に同点なら再試合だが、箕島は5番上野敬三の決勝打で死闘に終止符を打った。「星稜戦は楽勝でも、例えば延長16回の勝利でも春夏連覇はなかった。18回を戦い抜いたからこその連覇だった」。上野山は断言する。
 約4時間の熱戦が終わったのは午後8時前。戻った宿舎で尾藤が選手に語った言葉を野球部長だった田井伸幸は覚えている。「お前らと野球できてほんまに幸せや」。尾藤スマイルが目に浮かぶ。(文中敬称略。2枚の写真は田井さん提供)
写真右上=優勝旗を手にする上野山(右)

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ニュース和歌山2014年4月19日号掲載