わがスクリーン遍歴
      
88.天狗倒し

     
佐分利信、桑野通子、京マチ子 「鞍馬天狗こと倉田典膳は勤皇倒幕派の剣士。姿かたちは浪人スタイルだが、温厚誠実な人柄で、ひたすら庶民と勤皇派を守って佐幕派と戦う。お供は角兵衛獅子の杉作少年と侠盗黒姫の吉兵衛。大佛次郎が創造した鞍馬天狗は、丹下左膳と並ぶ時代劇のヒーローだが、左膳や眠狂四郎のようなニヒリストではなく、明朗闊達な紳士に仕立てられてクールな印象を残している。嵐寛寿郎の十八番で、折り目の正しい剣士ぶりと鮮やかな太刀さばきは鞍馬天狗の人気を不動のものにした。(以下略)」(キネマ旬報「日本映画作品全集」より)
 アラカンの鞍馬天狗、杉作危急の時に颯爽と白馬に乗って出現する鞍馬天狗は、少年たちの憧れであり、夢であった。戦後に限っていえば、東千代之介(東映)、小堀明男(東宝)、市川雷蔵(大映)なども天狗としてスクリーンに登場したが、なんといっても私たちにとっては、鞍馬天狗は嵐寛寿郎だった。
 戦前、まだアラカンが長三郎といわれたマキノ時代から数えて23本、戦後は松竹、新東宝、東宝、東映で17本、合計40本もアラカンの鞍馬天狗がある。この記録は先日惜しくも渥美清の「フーテンの寅さん」についに追いつかれたが、それでも今までアラカン以外に心に残る鞍馬天狗は出ていない。
 ところで、きょうの「天狗倒し」(昭19・松竹・井上金太郎監督)は戦争末期に制作された、なんともしまらない天狗だった。かつては松竹大船の三羽烏のひとり、佐分利信の時代劇も初めてだったが、ここでは天狗が3人も出現した。佐分利信は偽天狗で、本物は酒井猛だった。酒井猛はこれからという時、満州(今の中国東北部)巡業中に急逝したと聞いている。
 ストーリーは、当時お定まりの悪徳米英人をやっつけるのは覚えているが、残るものはない。桑野通子が出ていたので見に行っただけである。ただ珍しかったのは、もちろんその当時は知らなかったが、京マチ子が桑野通子の妹に扮して出演していたことである。OSK(大阪松竹歌劇団)の出身で、のちの「羅生門」(昭25・大映・黒澤明監督)のグランプリ女優、京マチ子の、これが初出演映画であった。
 よく名鑑などでは、京マチ子は昭和24年の「最後に笑う男」(大映・安田公義監督)がデビュー作として紹介されているが、誤りである。彼女のその後の活躍ぶりについてはいまさら申し上げるまでもないだろう。  

(初出平成元/6・7)

写真=左から佐分利信、桑野通子、京マチ子〉