わがスクリーン遍歴
      
26.雪之丞変化

     
長谷川一夫 日本映画も揺籃期を経て、これから戦前の本格的な黄金期にさしかかろうとする時、大衆の圧倒的な人気を博した映画が出現した。林長二郎(のちの長谷川一夫)1人3役の「雪之丞変化」(昭10・松竹・衣笠貞之助監督)である。
 戦前戦後を通じ、大衆――特に女性に爆発的人気のあったメロドラマ映画としては、戦前は田中絹代、上原謙主演の「愛染かつら」(昭13・松竹・野村浩将監督)、戦後は岸恵子、佐田啓二(中井貴恵・貴一姉弟のお父さん)主演の「君の名は」(昭28・松竹・大庭秀雄監督)があり、両者ともあまり人気があったので続々編まで撮っていたと思うが、この「雪之丞」も決してこの両者に劣らぬものがあった。現に私など、中1の時だったが、2度までも満員札止めで、むなしく帰った記憶がある。
 この「雪之丞変化」は昭和9年から10年にかけて朝日新聞で連載された三上於菟吉(おときち)先生の江戸時代の仇討ち物語の映画化で、林長二郎は若くて美しい女形、中村雪之丞とその母親、雪之丞を助ける神出鬼没の侠盗、闇太郎の3役を演じ、彼らを取り巻く仇敵の娘で悲恋の浪路(千早晶子)、狂恋のお初(伏見直江)、仇敵の悪奉行土部三斉一派と多彩な人物たちが織りなす一大娯楽編で、加えて「流す涙がお芝居ならば 何の苦労もあるまいに……」という、東海林太郎の哀切極まりない主題歌が一段と人気を呼び、松竹創立以来の記録的興行収入をもたらしたといわれる。
 林長二郎は2年後、松竹を退社して東宝に移った。暴漢に左頬を剃刀で切られるという事件もあったが、回復後は本名の長谷川一夫を名乗って、数々の名作を世に残したことは皆さまご存じの通りである。
 「雪之丞変化」はその後、東映で東千代之介、美空ひばり、大川橋蔵などの主演によって再映画化された。大川橋蔵の「雪之丞」をまだ現在のように第1・第2と分かれる前の和歌山東映で見たが、最後まで幼い日の林長二郎がオーバーラップされるような感じがした。やはり「雪之丞」は林長二郎のものだ。なお、長谷川一夫は映画出演300本記念として昭和38年重ねてこの「雪之丞変化」(大映・市川崑監督)を撮ったが、あれから30年近くたっても、容色なお衰えていないのには驚いた。ちなみに、長谷川一夫はこの後1本、「江戸無情」(昭38大映・西山正輝監督)を最後に、銀幕から引退した。(本稿は興津要氏著「写真で見る大衆文学事典」を参照した)  

(初出昭和63/3・2)

写真=「雪之丞変化」の林長二郎(長谷川一夫)〉