37.真実一路

        
右から小杉勇、花柳小菊、片山明彦 この5月5日、こどもの日の朝、NHKで山本有三先生原作の「路傍の石」(昭39・東映・家城巳代治監督)が放映された。向学心に燃える少年吾一(池田秀一)が、貧乏の故に進学を断念し、呉服屋に奉公に出るが、学問を捨てきれずに苦学覚悟で東京ヘ旅立って行く物語である。でもこのような立志伝に似た話は、今の飽食時代の若い人たちには到底通用しないだろう。これはいわば男性版「おしん」の物語である。
 この映画はこれまでにもたびたび銀幕に登場しているが、最初は昭和13年、田坂具隆監督の日活作品だった。吾一少年には片山明彦が扮した。片山明彦は、日活俳優で後に監督になった島耕二の子息で、当時の日活の名子役だった。
 この映画を含めてこの時代の映画をもう一度見たいと思っていたところ、幸いに外科の嶋孝先生――というより河南俳句会の嶋杏林子先生がビデオを貸してくださった。先生も古い時代からの映画ファンで、いつもいろいろとご指導をいただいている。
 でも先生には悪いが、私はこの「路傍の石」よりも、その前年の同じ山本先生の原作、田坂監督の「真実一路」のほうがはるかにドラマチックで、今でも強烈に心に残っている。
 わずか数行でそのストーリーをご紹介するのは至難の技だが、小学生の義夫(片山明彦)、その姉志津子(花柳小菊)と父の義平(小杉勇)の平凡な3人暮らし。母の睦子(滝花久子)は10年前に愛人のもとに走ったままだが、義平は一切を子どもたちに隠している。ふしだらな女と誤解されても本当の生き方をしたいと願う睦子、北原白秋先生の「……真実一路の旅なれど 真実鈴ふり思い出す」という詩を口ずさみながら、姉の苦悩を理解しようとする睦子の弟の素香(島耕二)、そして義平の死後、実母とは知らずに睦子になつく義夫。各人各様の心が交錯して、ついに睦子が自殺した愛人の後を追うという破局を迎える。義夫の運動会の日だった。義夫はクラス対抗リレーで皆を引き離して、ゴール目指してラストスパートというところでこの映画は終わっていた。
 まだ少年の域を脱していない私の心に、大きく焼きついた文芸大作だった。
 ある人はこの映画を「……誠実一路、人生をまっすぐに生きる者の美しさに貫かれており、その作品を見たことを生涯の幸福とするといった本質的な感動を受けた」といっているが、当時、そんな難しいことは分からなかったにしても、言葉にならぬ感動をこの私の胸に与えたことは確かであった。そして、この映画を見た直後の7月7日、廬溝橋に端を発して我が国は日中戦争に突入していった。  

(初出昭和63/5・18)

写真=「真実一路」(昭12・日活・田坂具隆監督)の右から小杉勇、花柳小菊、片山明彦〉