喜劇王エノケンこと榎本健一の映画を初めて見たのが「江戸っ子健ちゃん」(昭12・PCL・岡田敬監督)だった。
手許のどの資料を見ても、これは榎本健一主演となっているが、実はエノケンは瀬戸物屋のオヤジでほんのワン・カット出演しただけで、主演はエノケンの一人息子・榎本英一(昭和32年肺結核のため死去)が子役の健ちゃんに扮しての初登場だった。その前年、よく似た題名の「江戸っ子三太」(昭11・PCL・岡田敬監督)でエノケンが火消しの三太を主演しているので、後世の映画人は混同しているのだろう。(榎本英一の英は、本来“かねへんに英”という漢字ですが、パソコンにはありませんでのご了承下さい=ニュース和歌山)
この「江戸っ子健ちゃん」は横山隆一氏の漫画の映画化である。話は横道にそれるが、この映画で満3歳になったばかりの中村メイコ(当時はナカムラ・メイコ)がフクちゃんになって出演した。キネマ旬報増刊の「日本映画俳優・女優編」によると、この時のメイコの台詞はひと言、「イャーン」だけだったとあるが、とんでもない、回らぬ舌で「兎と亀」のお話をして、観衆を唖然とさせたことを覚えている。
当時の喜劇俳優は、ほかに吉川ロッパや横山エンタツ・花菱アチャコの漫才コンビ、高瀬実乗・鳥羽陽之助の極楽コンビ、落語の柳家金語楼などいたが、作品のバラエティーに富んでいる点ではエノケンがナンバー・ワンだったと思う。
エノケンの数々の作品の思い出を挙げていては尽きるところを知らぬので、その中のひとつ「エノケンのちゃっきり金太」(昭12・PCL・山本嘉次郎監督)のみにとどめたい。原作はアメリカの推理小説家マッカレーの「地下鉄サム」で、ドジばかり踏んでいるスリの金太(エノケン)が薩摩屋敷の長屋で財布ごと盗んだ手紙を、岡っ引の倉吉(中村是好)――原作では探偵クラドック――に追われるままに、東海道の宿々を持ち逃げする。その道中、膝栗毛まがいのギャグを連発するといった物語で(この項キネマ旬報増刊「日本映画作品全集」による)、話は明治時代まで続いたと記憶する。エネルギッシュな動き、軽妙洒脱な演技、ギョロ眼で決して美男ではなかったし、歌も悪声でお世辞にもうまいとはいえなかったが、何か人を引きつける不思議な魅力を持った俳優だった。
晩年は紫綬褒章など数々の栄誉を受けたが、それとは別に、一人息子との死別、税金難、脱疽(だっそ)の悪化による右脚切断、喜代子夫人との離婚など、数々の悲運、いちいち申し述べるに忍びない。昭和45年没、享年66歳。
〈写真=「エノケンのちゃっきり金太」の榎本健一(右)と中村是好(左端)、キネマ旬報より〉
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