(承前)「大菩薩峠」内田吐夢版で思い出すのは、共通の仇を求めて大菩薩峠にたどり着いた宇津木兵馬とお松が、そこの頂(いただき)近くの掘立て小屋で、地蔵を刻みながら和讃を唱えている与八を見つけ、その連れている子が敵の机龍之介の一子郁太郎であることを知る。お松が「龍之介という人は、自分の子どもも抱けないかわいそうな人……」と涙ぐむと、「果てしない業を背負って無明の闇をさまよっている龍之介を救ってやるためには、彼の生命を断ってやるより他はないだろう」とつぶやく。仇討ちを超越した大慈大悲の心であり、この映画全巻を貫く仏教の思想である。
タイトル・バックの地獄極楽の図、与八の地蔵和讃、血を求めて無明の地獄をさまよう龍之介、全編を貫く仏教の思想に基づく徹底した虚無感――圧巻だった。深井史郎の音楽によるところも大きかった。いずれにしても、戦前の「宮本武蔵」とともに、千恵蔵の代表的作品となるだろう。
ついでながら、その他の「大菩薩峠」についてもふれておきたい。
戦前の大河内伝次郎の作品は、第1部の「甲源一刀流の巻」だけを見た。ここでは龍之介は盲目になってはいない。その頃の彼はまだニヒルな持ち味があった。中里介山先生がまだ生きていて、いろいろ時代考証などに力があったと聞いている。
その大河内が内田吐夢作品では、宇津木兵馬の師匠、島田虎之助を好演した。「剣は心、心正しくなければ、剣もまた正しくない」。新選組の一味に加わって闇討ちをかけた龍之介に対する凛声は、さすが貫禄十分だった。
市川雷蔵からは徹底したニヒルさは感ぜられず、また妖気も感ぜられなかった。後年の「眠狂四郎」のほうがまだ非情に徹した面もあったが、その彼も夭折(ようせつ)した。今演じたならば、さらに鬼気迫るものを感じたかも知れぬ。ただ、三隅研次の演出は、大菩薩峠で巡礼を斬る太刀風に、猿が驚いて樹から樹へ逃げるところなど、細かい描写が優れていたし、十津川の天誅組に加わって、隠れ家に爆弾を投げつけられて盲目になり、囲みを脱するまでの殺陣は、さすがに迫力があり、雷蔵の本領を発揮していたと思う。仲代達矢は第1部だけで、あとは撮られていない。
なお、この大河小説は作者の死によって未完に終わった。そして、この時代劇を彩った人の多くはすでに鬼籍に入った。謹んでご冥福をお祈りしたい。
〈写真=「大菩薩峠・完結編」(昭46・大映・三隅研次監督)の市川雷蔵と中村玉緒〉
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