わがスクリーン遍歴
      
66.風の又三郎

     
片山明彦と大泉滉 「……駅を一歩出ると、もうそこは詩と童話の世界です。町なかのちょっとした通りを歩くだけでも、銀河鉄道の列車の車庫みたいな建物とか、セロ弾きゴーシュのお母さんみたいな女性タクシードライバーに出会うことができます。胡四王の丘の賢治記念館は、あの「星の王子さま」を書いたサン・テクジュペリ、アンデルセンと並ぶ世界3大詩人の1人である宮沢賢治にふさわしい大粒の宝石のようなミューゼアムです……」(畑山博先生著「イーハトーヴ花巻」より)
 数年前、花巻空港から下阪の途中、たまたま駅で客待ちをしていたセロ弾きゴーシュのお母さん――増沢さんといったが――に回り道をしてもらって、この記念館を訪れた。花巻市胡四王山、その中腹に清澄な光と風を受けて、賢治記念館は建っていた。平屋建ての瀟洒(しょうしゃ)な建物だった。ああ早く和歌山市にも有吉佐和子記念館がほしい。
 「風の又三郎」(昭15・日活・島耕二監督)は東北の農村へ北海道から風のように転校してきた少年が、いろいろな奇跡を巻き起こし、また風のように去ってゆくという、宮沢賢治先生の幻想的童話の映画化で、主人公の又三郎は当時の名子役、片山明彦が演じた。
 夢のなかで、又三郎の着けたキラキラの衣装が今も目に浮かぶ。スチールの少年は、片山明彦と東童時代の大泉滉である。この少年もうまかった。今はひねて、テレビの奥田胃腸薬のCMで、肥えた奥さんらしい人に突き飛ばされているから、ご存じの方もあろう。
 風の又三郎と同い年ぐらいの、私の妹がまた又三郎の大ファンだった。いつも主題歌を口ずさみ、書店で「風の又三郎」を小遣いを貯めて買ってくるほどの熱の入れ方だった。その妹も、齢還暦に達した。
 片山明彦は島耕二監督の令息で、かつては日活の二枚目だった父親に似て、利発そうな少年だった。「真実一路」(昭12・日活・田阪具隆監督)でデビュー。代表作は「路傍の石」(昭13・日活・田阪具隆監督)だった。戦後はフリーで各社の作品に脇役で出演。新東宝の「下郎の首」(昭30・伊藤大輔監督)で、わが身可愛さから忠実な下郎(田崎潤)の命を敵に売り渡す気弱な若侍が印象的だった。その後の消息は知らない。
 賢治記念館へはその後、愚妻と重ねて訪れた。今度はお母さんを指名した。お母さんは元気で私たちを遠野まで案内してくれた。心の温かさが伝わってくるような、ほのぼのとした1日だった。

(初出昭和63/12・7)

写真=「風の又三郎」の片山明彦(右)と大泉滉〉