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上の絵は、大新小学校前の大新通りから西側を望んだ約160年前の風景です。
土井呉服店は、城下町東部、新町(大新地区)の新大工町にありました。屋根には「呉服物」の看板を掲げ、紺地に「直川屋」の屋号と家紋を白く染め抜いた暖簾(のれん)を掛けています。呉服の大店は本町付近にたくさんありましたが、ここはそれらに劣らない大きな店構えです。店頭の販売に力を入れていたようで、ミセノマとドマには多くの客と店員の姿がみえました。
背景には、北新町川(真田堀川)と合流した鈴丸川(大門川)が、内川(市堀川)と合わさる三川合流地帯をえがいています。その中央には、水野丹波守の上屋敷、左には堀詰橋、右には雑賀橋を配しています。
右上の雑賀橋からブラクリ丁に至る東西の通りは一直線になっています。この通りは、東の新町から西の湊まで連続し、城下町プランの東西の基準線と考えられます。(和歌山市立博物館主任学芸員 額田雅裕)
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