上の絵は、約200年前の内川(市堀川)沿いの城下町を鳥瞰してえがいています。寄合橋は内町と湊の間に架かる橋で、その東詰の火の見櫓は内部構造が見えています。その後に黒板が張られたため、連載の1回目に掲載した、約160年前の「京橋御門の外」の絵では同じ場所の火の見櫓が黒板張りになっています。 中橋と中橋筋は、現在の位置より約50メートル西側にありました。手前の松林は、城内三の丸の土塁上のものです。内川北岸の納屋河岸では米のせり市が毎日たち、多くの物資が荷揚げされています。上の絵では内川に面して普通の町家がえがかれていますが、「京橋御門」の絵では土蔵造りの建物が並んでいます。この間に、町の風景が大きく変わる事件があったのでしょうか。 城下町の町割は整然としていて、町と町の間には、防火や防犯のため木戸がありました。上の絵には、木の柵のような木戸が8か所にえがかれています。背景には鷺森別院の大屋根がみえています。(和歌山市立博物館主任学芸員 額田雅裕)