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これは、和歌山城の北側に位置する本願寺鷺森別院(御坊)の今から約200年前の全景です。
和歌山の城下町絵図をみると、整然とした城下町の中で鷺森付近だけ異なった町割になっていることに気づきます。それは、永禄6年(1563)に本願寺が弥勒寺山(秋葉山)からここ鷺森へ移転し、城下町より先に寺内町を形成していたからです。その町割は、近代になっても変更されずに残ってきました。しかし、戦後の区画整理事業によって御坊西側の道を除いて、街路は付け替えられました。
上の絵は、現在の南向きの御坊の建物配置と錯覚しますが、熊野街道の和佐付近から紀の川に沿って西へ進み、鷺森御堂筋の突き当たりに御坊の表門がありました。北側に朝椋神社があり、東側の教応寺が手前にえがかれることからも、御坊が東向きに建っていたことがわかります。御坊の周囲には土塀や長屋があり、外周には堀が廻らされています。これは、戦国時代の防御施設のなごりかもしれません。(和歌山市立博物館主任学芸員 額田雅裕)
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