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これは、和歌山駅に近い田中町の約160年前の冬の風景です。田中町は、城下町東端の町人町で、近世の熊野街道・龍神街道及び和歌川水運の結節点にあたり、近郷の農村から城下町へ運び込まれる果物や野菜の市で賑わいました。
紀州みかんは、皮が薄く、甘さとすっぱさを兼ね備えた味で江戸時代から全国的に知られていました。嘘か真か、紀伊国屋文左衛門が暴風雨のなか、みかんを紀州から江戸へ船で運んだ伝説はあまりに有名です。
上の絵では、みかんを囲んで競りをし、若い衆が帳簿をつけているようです。軒先にはみかんカゴが山積みになっています。今なら黄色いコンテナやダンボール箱に詰めて輸送し売買していますが、昔はわらで作ったカゴを使っていました。
左上の店先ではおんぶされた子どもがみかんを一つ手にのせ、母親に促されて「ありがっと!」といっています。隣のおとなは舌を出しおどけた表情をしていますが、何と言っているのでしょうか。(和歌山市立博物館主任学芸員 額田雅裕)
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