上の絵は、城下町の北東に位置する中之島村(現=和歌山市中之島)付近の約200年前の風景です。
中央の志磨神社は、古代に紀の川河口近くの中州に立地した歴史のある神社で、その名は延喜式(古代の律令の施行細則)にもみえます。中之島村にはそのほかに、神社では八幡宮・弁財天社・金比羅社、寺院では入願寺・大聖寺・阿弥陀寺・法隆寺・明見寺・観音寺がみえます。
中之島は城下北新町から大和街道の地蔵の辻へ向かう交通の要衝にあたりました。左下の雲の付近、今の北大通りの東仲間町には五行(ごぎょう)の辻という五叉路があり、そこから右上へ延びる道は、当時の幹線道路で、城下町から地蔵の辻への近道でした。左下の町並みは北新元金屋丁の町屋で、そこと接する中之島村の南西部は道路に沿って町並みが続いていますが、街道の裏側には茅葺きの農家や田園が広がっています。左端の明見寺の裏には紀の川の氾濫後にできた蓮池があり、泥亀川が南へ流れていました。(和歌山市立博物館主任学芸員額田雅裕) |