城下町の風景 〜カラーでよむ『紀伊国名所図会』〜
   
城下町の風景
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画=西村中和、彩色=わかやま絵本の会・芝田浩子
『名所図会』と萬精院 (30)鈴丸橋・伊勢橋付近
 上の絵は、城下町北東部の約200年前の風景です。そこにはたくさんの寺院がみえます。手前の鈴丸橋を渡った新町には龍源寺・法蓮寺・萬精院が、そこから中央の伊勢橋を渡った北新町には円福院・崇賢寺が建っています。和歌川の両岸には多くの舟がつなぎ留められ、河岸には薪(たきぎ)が積み上げられています。
 伊勢橋南詰の萬精院には、『紀伊国名所図会』を編集・出版した高市志友(帯屋伊兵衛)と同書の第3編と後編の挿絵を担当した画家、岩瀬広隆の墓があります。広隆は菱川師宣5代目を自称し、祇園祭の先頭長刀鉾の前掛けの絵をえがくなど、京都で活躍する新進の浮世絵師として有名でした。彼は天保4年(1833)に『名所図会』の挿絵をえがくため和歌山に招かれ、紀州藩のお抱え絵師となり、明治10年(1877)に亡くなるまで和歌山で暮らしました。
 『名所図会』の制作に携わった2人が眠る萬精院の墓所を最後に紹介し、この連載を閉じることにします。長らくご拝読いただき、ありがとうございました。(和歌山市立博物館主任学芸員額田雅裕)