寒さがゆるみ、桜の開花が待たれる季節になりました。和歌山市内にも様々な桜のスポットがありますが、川堤に桜の木が並ぶ光景は日本人にはおなじみです。みなさんは川の土手になぜ桜が多いか、ご存知でしょうか。

 私も最近までただ美しいからとしか思っていませんでした。実は川の土手は冬場の降霜、氷結の季節を経ると、ゆるんでしまいます。そのため桜並木で花見客を誘い、梅雨で川が増水する時期を前に多くの人に土手を踏み固めてもらうねらいがあるそうです。これは江戸幕府八代将軍の徳川吉宗が隅田川沿いに桜並木を造ったのが最初との説があり、本当ならば庶民の娯楽を生み、同時に治水を図るなんてさすがです。

 さて、この土手の桜、防災のある観点から理想とされています。京都大学防災研究所の矢守克也教授が提唱する生活防災です。普段の暮らしの中に万が一の時に生きることを織り込んでいくもので、「防災と言わない防災」と呼ばれます。部屋の整理整頓、隣近所とのあいさつ、ゴミの減量、家族の外出確認と防災的なふるまいを生活の中に埋め込み、備えを習慣化してしまいます。防災、減災の呼びかけには、どうしても意識の高い人にしか反応しないという課題があります。生活防災はこの点のクリアを図ります。岩手県の保育所では健康のため「早足散歩」を行いつつ、園児に避難経路をすり込み、災害時も津波から無事、高台に逃げ切りました。

 私もささやかながら一つ意識しています。家族に関し心配なことがあったら、最初に大風呂敷を敷いた対応をすることです。東日本大震災の時、「正常性バイアス」の恐ろしさが言われました。突然、思いもよらぬことが起きると、日常の意識の流れが切り替わらず、大丈夫だろうと思う傾向が人にはあります。東日本では被災者の40%がすぐ避難せず、大きな犠牲につながったと言われます。私は最悪を想定し動き、正常性バイアスに流されないレッスンをしているつもりです。多くは家族の病気、体調不良への対応ですが、家族の病気が重篤化するのを一歩前で食い止め、普段の暮らしでも生きました。

 南海トラフ地震の30年の発生確率が70〜80%に見直され、対策と啓発に行政は懸命です。備えに万全を図る一方で、万が一に生きるふるまいを増やし、暮らしの中に災害に耐える強い芯を通したいです。 (髙垣善信・本紙主筆)

(ニュース和歌山/2018年3月10日更新)