天守の最上階から紀の川の河口(西側)を望むと、和歌山城の天守曲輪の構造がよく分かります。

  写真をごらんになって頂ければと思います。左側に見える屋根が南多門櫓で、天守二ノ門(楠門)に連結しています。その奥の一段高い屋根が天守二ノ門櫓(以下、二ノ門と記す)です。二ノ門櫓から右(北)へ続くのが、西に面した西多門櫓で乾櫓に接続して行きます。さらに、乾櫓から手前に続く北多門櫓は、小天守へと繋ぎ、小天守は渡り櫓で大天守と連結して建物が一周します。この形式が連立式天守と呼ばれ、姫路城(兵庫県)、伊予松山城(愛媛県)と共に「三大連立式天守」と言われています。

 連立式天守の特徴は、有事の際、連立する建物の中を風雨時でも自由に行動でき、しかも四方(360度)を見渡せる強みがあります。さらに連立する建物群の中央に中庭ができます。これが「天守曲輪(=郭・くるわ)」です。

 和歌山城の天守から当曲輪(中庭)を眺めると手前にトイレ棟の屋根が見えます。かつて東ノ蔵があった所です。その右手の木が生い茂っている所には西ノ蔵がありました。この蔵には、武器や塩などを貯蔵したと考えられます。このように天守曲輪内に最低限の生活品を貯蔵し、井戸を近くに設けます。これが籠城に適した縄張りとして評される理由の一つです。

 現在の天守からの眺望は、街中に立ち並ぶ建物で、見通しは良いとは言い難いですが、江戸時代には家屋も低く、ずっとずっと遠くまで見渡せたと思います。近くで見る三層三階の天守は、決して大きいとは言えませんが、城下から見える天守の姿は大きく映ります。家屋が増えた今日では、遠望できる場所も季節も限定されますが、直線距離で約15㌔西の岩出市からも見えます。その姿は虎伏山からはみ出しているかのように天守が望めます。

 最近オープンした「和歌山城ホール」からは、麓の二ノ丸跡や水堀を控えていた和歌山城天守が、虎伏山に美しい姿を見せてくれます。(水島大二・日本城郭史学会委員)