天守閣から続く多門櫓内の展示を見終えると、自然と出口へ導かれます。そこが「台所」になります。台所と言っても籠城に備えた簡易的なもので、古写真には、北寄りに大きな板敷きの方形台が写されています。この台所を外から眺めると連立する多門櫓より北方に張り出し、しかもその東端は、やや婉曲する石垣よりはみ出して、方形の部屋を確保していることがよく分かります。

 台所内には、今も穴蔵に降りる薄暗い石段があります。連立する建物の中で最も不気味に思える場所で、その雰囲気から脱出口などと語られたりします。古墳の石室を思わせるその穴蔵に降りると、岩盤をくり抜いて確保した空間で、高い掘削技術に驚かされます。また、天守曲輪が岩盤の上に築かれていることを知る場所でもあります。

 穴蔵の北端には、「埋門(うずみもん)」形式の出入り口があります。石垣に囲まれた門が埋門形式で、見つかりにくく、最も防御性に優れているとして、裏口や非常口として設けられることが多い小門です。和歌山城の場合は、北方の中腹にある井戸(黄金水)へと繋がる出入り口でした。

 埋門から外へ出ると大きな水ノ手門跡から井戸のある水ノ手曲輪へ通じる下り坂に繋っています。水ノ手曲輪は、周囲を塀で囲み、水ノ手櫓が井戸脇で監視をし、埋門以外には通じない独立した曲輪で、命の水を守る重要な場所でした。今も黄金水跡と思われる円形の井戸跡(コンクリート枠は後世のもの)が確認できますが、立入禁止区域なので普段の見学は出来ません。

 つまり、この穴蔵は、井戸に通じる大切な秘密の通路で、籠城の際、敵に見つかることなく台所に水を運ぶことができるように造られていたのです。(水島大二・日本城郭史学会委員)

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