和歌山市雑賀崎周辺


 近年、雑賀崎は「日本のアマルフィ」と称され、SNSを中心に話題を集めています。急峻な斜面に家々が重なり合うように建ち並び、眼下には豊かな海が広がる。確かにその風景は、イタリアの世界遺産・アマルフィ海岸を彷彿とさせます。雑賀崎の集落が形成されたのは江戸時代後期。当時、海岸沿いの平地は埋め立てが難しく、漁師たちは「海に一番近い場所」を確保するために、あえて斜面を開拓しました。結果として、家の中から直接船の様子が見え、すぐに浜へ降りられるという、漁師にとって極めて合理的な「職住近接」の町並みが生まれたのです。

番所庭園

 番所庭園の目の前に広がる海は「紀伊水道」と呼ばれ、太平洋から瀬戸内海へと続く海の玄関口にあたります。ここはかつて紀州藩の海の検問所であり、鎖国時代は黒船などを見張るのに適した場所でした。今は庭園としてきれいに整備されていますが、当時は大砲が据えられた〝軍事の要〟だったのです。庭園を歩いていると砲台跡があります。ここで怪しい船をみつけると、狼煙(のろし)をあげ、高津子山などを経由して和歌山城まで情報を送ったといわれています。このあたりの岩は、地質学的に貴重な緑色片岩=紀州青石で、古くから最高級の庭石として珍重されていました。ぜひ探してみてくださいね! 

国指定の名勝(文化財)養翠園

 紀州徳川家の殿様が心身を癒やし、芸術に浸るための「究極の別荘」です。国指定の名勝(文化財)でありながら、養翠園は今も「個人所有」の庭園なんですよ。 維新後、多くの大名庭園が国や自治体のものになりましたが、ここは紀州徳川家家臣の末裔の方が守り続けているのです。

雑賀崎灯台

戦国時代の城跡の上に建てられた灯台!

 展望台の上にのっかる形のこの展望台は、世界でも珍しい二階建て構造になっています。下が市営の展望台、上が海上保安庁の灯台です。このあたりは「鷹の巣」と呼ばれ、険しい崖を備えた、天然の要塞でした。そんな立地から、戦国時代の雑賀孫一が雑賀崎城を築いていたと伝えられています。

和歌山市応援キャラクター がおりん
和歌山市の魅力を沢山の方に知ってもらうことを目標に 活動している自称「和歌山城のバーチャル殿様」です。 SNSでは市内の観光地や食を取り上げ、また、ゲーム配信を 通じて全国のファンと交流しています。

(ニュース和歌山PLUS129号/2025年12月26日更新)