絵は、天台宗の長保寺(海南市下津町上)の境内の一部をえがいた絵図です。

 熊野古道の蕪坂峠から西の下津湾を望むと、眼下に長保寺がみえます。同寺は、熊野古道から西へ一㌔㍍あまり離れたところに位置する名刹です。

 長保寺は一条天皇の勅願により長保二(一〇〇〇)年に創建された寺院で、境内上段には国宝の本堂(「釈迦堂」、一三一一年再建)・「多宝塔」(一三五六年再建)、左下には「大門」(一三八八年再建)がたっています。

 大門を入った右奥には「本行院」、左側には「福蔵院」「専光院」「最勝院」「地蔵院」などの子院がえがかれています。

 長保寺は、寛文七(一六六七)年、初代藩主頼宜によって紀州徳川家の菩提寺となり、本堂背後の山の斜面に広大な墓所が造営されました。大門右側の「御成門」から長い石段をあがると、本堂裏にある紀州徳川家廟所に至ります。そこは常緑広葉樹やマツで覆われた荘厳な御廟で、将軍になった五代吉宗と十三代慶福(家茂)を除く歴代藩主やその妻らの墓があり、国指定史跡になっています。

画=岩瀬広隆、彩色=芝田浩子

(関西大学非常勤講師 額田雅裕)

※6月の集中豪雨による被害のため、現在拝観を停止しています。

(ニュース和歌山/2023年9月23日更新)