日赤和歌山医療センター 寺下 聡さん書籍出版

 卵巣がんで余命二カ月と宣告された女性と、医師の夫。日本赤十字社和歌山医療センター呼吸器内科副部長の寺下聡さんが昨年12月、夫婦の闘病をつづった『がん専門医 妻の進行がんと向き合う』を出版しました。がん専門医と患者家族という二つの立場から得た心の変化に加え、治療の解説、妻によるコラムを掲載。「がん患者さんに役立つ情報を発信したい」と語ります。

気づきから変化

寺下雅子さん(51) 2020年、40代の若さで進行がんの宣告を受ける。抗がん剤・手術を乗り越え、生存率50%の4年を無再発で経過。がんで人生観が大きく変わる。 寺下 聡さん(47) 日赤和歌山医療センター呼吸器内科副部長。1000人以上の肺がん診療を行う。妻のがんにより、医師と患者家族という二つの立場を併せ持つ。

──妻・雅子さんの卵巣がん発覚から4年を経て、出版されました。

寺下 当初から経緯をメモで残していましたが、振り返る余裕はありませんでした。病状が好転してきたので、医師と患者家族という二つの立場から気づいたことやリアルな闘病記を患者さんに発信したいと思い立ち、本にまとめました。

──どんなことに気づいたのですか。

寺下 私はがん専門医で、日々患者さんと接してきましたが、実は分かっていなかったことが大変多かったと痛感しました。例えば、心の葛藤です。診察室では前向きに見える患者さんも、家では落ち込んだり、家族に怒りや悲しみをぶつけたりすることを、妻ががんになって初めて知りました。平気な人なんて一人もいません。「患者さんは私の前では、精一杯〝よそいきの自分〟を演じているだけかもしれない」と考えるようになってからは、接し方が変わりました。

──どのように変わったのですか。

寺下 患者さんと同じ目線で治療に取り組む「同志」になりました。これまでは、「リスクが効果を上回る」と判断した治療は行いませんでした。でも、「何とか助かってほしい」という家族の気持ちを身をもって体験してからは、少しでも可能性があれば、リスクも含めて提案しています。患者さんに向き合う姿勢と診療内容は、本当に大きく変化しました。

──互いの文章に発見はありましたか。

寺下 私は家族の立場から、「治療を頑張ろう」と声をかけ、サポートしてきました。しかし、妻のコラムに、「もしもの時に自分はどうしたいか」とか、「誰に何を託すか」といったフローチャートをひそかに作っていたと書かれていて、「そこまで考えていたのか」と言葉が出ませんでした。

雅子 「絶対大丈夫」と信じ続けるのは、実はしんどくて。明るい未来も目指しつつ、ダメだったときのこともちゃんと考えておきたかったんです。幸い今は、未来の光にちょっと届いたような状況。フローチャートの出番もなさそうです。

確立した標準治療を選択

いざという時の心の準備に

──治療についての解説も豊富です。

寺下 がんには、抗がん剤、手術、放射線からなる標準治療が確立しています。一方で、真偽の怪しい情報もあふれかえり、わらにもすがるような思いでそれらを手にする人もいます。しかし、私たちは迷いなく標準治療を選択しました。それが、効果や安全性が確認された最新の治療法だからです。家族を支えた医師の私だからこそ、標準治療の有効性を語れると信じています。

雅子 告知されたときはもちろんショックでしたが、闘病を経験して、学んだことも多かったです。すべてのものへ感謝の気持ちが芽生えたり、毎日の小さな出来事に幸せを感じられたり。なにより、生きていることが当たり前ではなく、どれほど愛しくかけがえのないものか実感できたことは財産です。日本人の2人に1人ががんになる現在、いつご自身や大切な人が宣告されるか分かりません。この本がいざという時の参考書というか、心の準備に役立ててもらえればうれしいです。

『がん専門医 妻の進行がんと向き合う〜卵巣がんになった妻と医師の夫の1460日』

 無治療なら余命二カ月の卵巣がんと告知された妻。前半は「実況中継編」と題し、がん専門医と患者家族という2つの視点から、妻の闘病、自身の心の揺れ、気づきを克明に記録。後半は、がんとどう向き合えば良いか、Q&A形式で分かりやすく解説。雅子さんによる「がんサバイバーからのメッセージ」も。297ページ。四六判。明日香出版社。1650円。

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■1月25日㊏午後2時〜、和歌山市松江のツタヤウェイガーデンパーク店でトークイベント。参加申し込みは同店(073・480・5900)。

(ニュース和歌山/2025年1月18日更新)