和歌山市の川永団地で、長年親しまれた桜並木が今年で見納めになりました。住民が半世紀近く手塩にかけて育てた並木は300㍍以上にわたり、約100本に及びます。最近は桜の名所として知られるようになり、住民が花見客を迎えていましたが、1960年代に計画された都市計画道路西脇山口線整備のため、夏には桜は伐採され、その後、工事が始まります。

 水路を挟んで桜は並び、満開時には見事な桜のトンネルをなします。水面を花びらが埋め尽くす様は美しく、住民は愛着と誇りを覚えていました。並木沿いに暮らす梅田勝さん(81)は「お花見を通じ、みんなとうちとけることができた。メジロ、ウグイスといった鳥の姿や、セミの大合唱と季節感を味わわせてくれました」。今は葉桜の緑がまぶしく、木陰に入ると、乾いた風が心地よく触れてきます。

 西脇山口線は付近の渋滞緩和や防災面での向上が期待され、住宅街を走る車が多く危険なため早期開通を望む声もあります。ただ付近の住民には計画を知らされないまま入居した人が多く、「団地の抽選に当たった時は喜んだのに」と割り切れなさが残ります。ここで立ち止まって考えておきたい点があります。

 実際に並木道に赴くと、人と人、人と自然のかかわりを生み出し、住民が地域への愛着を深めるへその緒のように思えてきます。しかし、こういったつながりは形として見えにくく、数値化も難しいため、開発事業が掲げる利便性や経済的価値といった看板の前には弱く映ります。

 桜並木が体現するのは「コミュニティ価値」とでも呼ぶべきものです。「地域づくり」が本当に推進されるなら、好事例に数えられていいでしょう。こういった取り組みを政策や施策の基底として評価し、行政的に位置づけることが必要です。そうでなければ、地域づくりは促されながら守られず、その軸は場当たりの波にさらされます。

 高齢ながら、これから住居の解体や引っ越し先の確保、家の再建にのぞまねばならない方もいます。先の梅田さんは「前向きに考えれば災害時、緊急時やデイサービスの送迎車両の利便性はよくなるかもしれませんが、負の遺産も発生するのは間違いありません。明るく元気な街づくりはこれからが正念場」と語ります。このような心意気が新たに地域で花開けるよう、住民が失うものを補う配慮は欠かせません。 (髙垣善信・本紙主筆)

(ニュース和歌山/2018年5月12日更新)